東京都小平市にある「Bridgestone Innovation Gallery(ブリヂストン イノベーションギャラリー)」を、ガイドツアーで再訪しました。
以前にも一度見学していますが、今回はタイヤの歴史だけでなく、材料の配合や製造工程、航空機用タイヤの摩耗予測、天然ゴムをめぐる研究、リトレッドやタイヤの水平リサイクルまで、前回とは比べものにならないほど深く知ることができました。
さらに、空気を使わない「AirFree」の技術は月面探査車用タイヤへと広がり、タイヤで培われたゴムや振動制御の技術は、建物を地震から守る免震にも活用されています。
「ブリヂストン=タイヤの会社」というイメージから一歩踏み込んで、一本のタイヤを支える材料やものづくり、その先にある社会の課題まで見えてきた今回の見学。
ガイドツアーで聞いた話と展示をもとに、印象に残った技術や取り組みを詳しく紹介します。
ブリヂストン イノベーションギャラリーをガイドツアーで再訪
東京都小平市にある「Bridgestone Innovation Gallery(ブリヂストン イノベーションギャラリー)」を再訪しました。
以前にも一度、ガイドツアーに参加して見学したことがあります。
そのときにも、タイヤだけでなく、免震や月面探査車用タイヤなどへ技術が広がっていることが印象に残りました。
ただ、今回改めてガイドさんの話を聞きながら展示を見ていくと、前回とはまた違った発見が次々とありました。
そもそもタイヤは何でできていて、どうやって作られるのか。
なぜ、これだけ技術が進んだ現在でも天然ゴムが欠かせないのか。
使い終えたタイヤを、もう一度タイヤの原料へ戻すことはできるのか。
さらに、空気を使わないタイヤの技術は月面探査へとつながり、タイヤで培われたゴムの技術は、地震から建物を守る免震にも生かされています。
「タイヤの会社」というイメージから一歩踏み込んで、その一本を支える材料やものづくり、そして技術が社会へ広がっていく過程まで知ることができた今回の再訪。
まずは、ブリヂストンの原点とタイヤの歴史からガイドツアーが始まります。
足袋から始まったブリヂストン、タイヤづくりへの挑戦
ガイドツアーは、建物の窓に描かれたドットアートの紹介から始まりました。
窓には小さなドットが並んでいますが、少し離れて眺めると、そこにはさまざまな車両の姿が浮かび上がります。
描かれているのは全部で12種類。
訪れたのは昼頃だったため、すべての車両をはっきり見つけることはできませんでしたが、夕方頃になると見えやすくなるそうです。
何の車両が描かれているのかは、2階にあるパネルで答え合わせができます。
建物そのものにも、さりげなくモビリティを取り入れているところにブリヂストンらしさを感じながら、いよいよタイヤの歴史へ。
タイヤの歴史をさかのぼると、その原点は古代メソポタミアで使われていた木製の車輪にまで行き着きます。
やがて木の車輪に鉄の輪が加わり、さらにゴムが使われるようになりました。
初期のゴムタイヤは、現在のような黒色ではなく白色。
その後、ゴムにカーボンブラックを加えることで強度が飛躍的に向上し、黒いタイヤが一般的になっていきます。
ちなみに現在でも「白いタイヤ」は作られています。
ただし、こちらは昔の白いタイヤとは意味が違います。
その理由は、後ほど2階の展示で知ることになりました。
そして、ここからブリヂストンの歴史へと進みます。
ブリヂストンの創業者・石橋正二郎は、1906年に17歳で家業を継ぎ、足袋の専業を始めました。
当時、サイズや種類によって価格が異なっていた足袋を「二十銭均一」で販売して成功。その後、働く人たちが履いていた草鞋に代わる、より丈夫で使いやすい履物を作ろうと、足袋にゴム底を付けた「地下足袋」の事業にも乗り出します。
現在ではタイヤメーカーとして知られるブリヂストンですが、ゴムとの関わりは、この地下足袋にまでさかのぼります。
石橋正二郎は若い頃に東京で初めて自動車に乗り、その後は自ら自動車を購入して足袋の宣伝にも活用していました。
やがて「日本人の資本と技術で国産タイヤを作りたい」とタイヤ製造に挑戦し、1930年に第1号となるタイヤが誕生。翌1931年には福岡県久留米市でブリヂストンタイヤ株式会社が設立されました。
展示されている初期のタイヤを見ると、現在のタイヤと比べて細身です。
タイヤは内部に入る空気の量が多いほど、より大きな荷重を支えることができます。
その説明を聞いて思い出したのが、建物の前に展示されていた高さ約4メートルもある巨大な鉱山車両用タイヤ。
現在も実際に使われているタイプで、1本で約100トンもの荷重を支えることができるそうです。
同じ「タイヤ」でも、その大きさと役割はまるで違います。
さらに意外だったのが、ブリヂストンが1935年にはゴルフボールを製造していたこと。
ゴルフボールの芯にもゴムが使われていますが、なぜ戦前からゴルフボールを作っていたのだろうと思ったら、石橋正二郎自身がゴルフ好きだったという話も聞きました。
「ブリヂストン」という社名にも、創業者の名前が刻まれています。
「石橋」を英語にすると「Stone Bridge」ですが、そのままでは語呂がよくないとして順番を逆にし、「Bridgestone」と命名。創業当初から海外への展開を見据え、英語の社名が選ばれました。
初期のロゴに使われていた、インク瓶のようにも見える形は、橋を支える要石「キーストーン」がモチーフ。
現在のロゴにも細かなこだわりがあり、「BRIDGESTOnE」の「n」だけが小文字になっています。上下のラインをきれいにそろえるためだそうで、展示を見ていると、こうしたデザインの細部にも目が向きます。
そして1960年、小平に新たな工場が誕生しました。
久留米から約800人の従業員が移り住み、その家族のために学校や病院なども整備され、当時はまるで「ブリヂストン村」のようだったそうです。
現在、この小平の地には研究開発拠点や製造拠点、そして私が訪れたイノベーションギャラリーがあります。
足袋から始まり、国産タイヤへ。その歩みを知ったところで、ガイドツアーは「そもそもタイヤは何でできているのか」という、さらに身近な疑問へと進んでいきました。
タイヤはゴムだけではない――材料と製造工程を知る
2階の「TIRE PARK」には、大きさも用途も異なるさまざまなタイヤが並んでいます。
一見しただけでは何に使われているタイヤなのかわからないものもありますが、反対側へ回ると答えがわかる仕掛けになっていて、ちょっとしたクイズ感覚で楽しめます。
ここで実物を見ることができたのが、先ほどタイヤの歴史で登場した「白いタイヤ」です。
昔のタイヤが白かったのは、ゴムの強度を高めるカーボンブラックが使われていなかったため。
一方、現在の白いタイヤにはカーボンブラックの代わりにシリカが使われており、白くすること自体に目的があります。
黒いタイヤでは走行した際に床へ黒いタイヤ痕がつくことがありますが、白いタイヤならその跡がつきにくくなります。
そのため、床の清潔感を保ちたい食品工場や化粧品工場などで使われるフォークリフトには、白いタイヤが採用されることがあるそうです。
同じ白いタイヤでも、昔と現在では白い理由がまったく違う。
タイヤの歴史を聞いたあとで実物を見ると、その違いがよくわかりました。
さらに興味深かったのが、ゴムは「何を、どのくらい混ぜるか」によって性質が大きく変わることです。
タイヤには、天然ゴムと合成ゴムの両方が現在も使われています。
私はこれだけ技術が進んだ現在なら、すでに合成ゴムだけでも作れるのではないかと思っていました。
ところが天然ゴムには摩耗に強いという優れた性質があり、研究を重ねた現在でもタイヤには欠かせない重要な材料なのだそうです。
そこへカーボンブラックや硫黄、シリカ、樹脂、老化防止剤、オイルなどを組み合わせ、用途に必要な性質を作り出していきます。
展示では、よく弾むボールとほとんど弾まないボール、よく伸びるゴムと伸びにくいゴムなどを比較することができました。
同じ「ゴム」でも配合によってここまで性質が変わるのかと、実際に違いを見ると驚きます。
こうして作られたタイヤには、「支える」「伝える」「曲がる」「やわらげる」という4つの基本的な役割があります。
車や人、荷物の重さを支える。
エンジンやモーターからの力、そしてブレーキの力を路面へ伝える。
ハンドル操作に合わせて進む方向を変え、車を曲がる方向へ導く。
そして路面の凹凸から伝わる衝撃をやわらげる。
展示パネルには、さらに「つながる」という役割も紹介されていました。
こちらはタイヤの基本機能とは少し性質が異なり、車がデジタル技術によってさまざまな情報とつながっていく、これからのモビリティを示したものでした。
そして、タイヤの作り方にも思い込みがありました。
私はゴムを金属の型へ入れて、熱を加えればタイヤの形になるのだろうと単純に考えていましたが、実際の製造工程はそんなに簡単ではありません。
まずは「練る」工程から始まります。
天然ゴムや合成ゴムにさまざまな材料を加え、求める性能になるように練り合わせます。
次に、そのゴムからタイヤを構成する部材を作ります。
路面と接する表面部分や側面だけでなく、金属製のワイヤーや、ナイロン・ポリエステルなどの原糸を撚り合わせたコードをゴムで挟み、圧着した部材も作られます。
つまりタイヤは、単なる「ゴムの塊」ではありません。
ゴムと金属、繊維など、性質の異なる材料を組み合わせた製品だったのです。
こうして別々に作られた部材を組み合わせ、ようやくタイヤの形にしていきます。
この段階のものは「生タイヤ」と呼ばれます。
印象に残ったのは、この組み立て工程を熟練した作業者が担っているという話でした。
ゴムはその日の気温や湿度によって状態が微妙に変化するため、その違いを見ながら組み上げていく技術が必要なのだそうです。
部材を作っている間は、一般的にイメージするような「製品が次々と流れてくる工場」とは少し違い、ここで部材が集まって生タイヤになることで、ようやくタイヤ工場らしい光景になってくるという説明も印象に残りました。
そして生タイヤを金属製の型に入れ、熱と圧力を加えます。
一般的なタイヤでは約170℃で15分ほど。ここでゴムに弾力や強度が生まれ、私たちが知っているタイヤへと仕上がっていきます。
ところが、建物の前で見た高さ約4メートルの鉱山車両用タイヤになると、この工程だけで約20時間。
入口ではただその巨大さに目を奪われましたが、作り方を知ると、同じタイヤでも製造にかかる時間まで桁違いであることに驚きました。
金型には小さな穴が開けられていて、余分なゴムはそこから外へ逃がす仕組みになっています。
最後に表面をきれいに仕上げ、検査を経て、ようやくタイヤとして出荷されます。
普段何気なく見ている黒いタイヤ。
その一本の中に、材料の配合から異素材の組み合わせ、そして人の技術まで詰まっていることを知ると、見え方が少し変わってきました。
タイヤを売るだけではない――モビリティを支える技術
タイヤの材料や作り方を知ったあとは、その技術が実際のモビリティをどのように支えているのかを見ていきます。
乗用車だけでなく、バスやトラック、鉱山車両、航空機など、タイヤが使われる場所はさまざま。
車両の大きさや走る環境が違えば、タイヤに求められる性能も大きく変わります。
建物の前に展示されていた高さ約4メートルの鉱山車両用タイヤも、その一つ。
巨大な車体と積載物を支えながら、舗装されていない鉱山を走るために作られています。
一方、航空機のタイヤには、また別の厳しい条件が求められます。
数百回もの離着陸を繰り返すなかで摩耗が進み、いずれ交換が必要になりますが、その進み方は機体や空港、使用環境などによって異なります。
ここで興味深かったのは、ブリヂストンが「タイヤを作って販売する」だけではなく、その先にある航空会社の困りごとまで解決しようとしていることでした。
航空会社では、航空機を安全に運航するために膨大な数の部品や備品を管理しています。
タイヤもその一つですが、点検時に予想以上の摩耗が見つかれば、予定していなかった交換作業が必要になります。
交換時期をあらかじめ予測できれば、整備の予定を組みやすくなり、交換用タイヤの在庫も適正に管理できます。
そこでJALとブリヂストンが共同で取り組んだのが、航空機のフライトデータとタイヤの知見を組み合わせた摩耗予測です。
実際にブリヂストンの担当者がJALの整備現場へ入り、回収したタイヤの状態を計測。
フライトデータと照らし合わせながら、タイヤがどのように摩耗していくのかを予測する仕組みを作り上げていきました。
ガイドツアーでは、こうした摩耗予測によって、交換が必要になる時期を2~3週間ほど前から見通せるようになったと説明がありました。
2020年から実際の運用が始まり、タイヤ交換業務の効率化やタイヤ・ホイールの在庫削減につながったほか、突然の交換作業を減らすことで整備士の予定外残業の削減にも貢献。
さらに2024年には、対象がリージョナル機から大型機へと広げられています。
タイヤの性能を高めるだけでなく、そこから得られるデータを使って、タイヤを使用する人たちの仕事まで変えていく。
先ほど展示パネルにあった「つながる」という言葉が、ここで少し具体的に見えてきた気がしました。
一つのタイヤの向こう側には、それを使う人や整備する人、そして安全に運航するための仕組みまである。
「タイヤを売る会社」というイメージから、ブリヂストンが目指す「ソリューションカンパニー」という姿が少しずつ見えてきました。
限りある資源をどうつなぐ?――天然ゴムからタイヤの再利用まで
これだけ材料技術が進んだ現在でも、タイヤに欠かすことのできない天然ゴム。
その資源を将来にわたって安定して確保し、できるだけ大切に使うための取り組みも紹介されていました。
天然ゴムの主な原料となるのは「パラゴムノキ」です。
幹に切り込みを入れると流れ出てくる樹液は真っ白。ここから天然ゴムが作られます。
ブリヂストンでは自社のゴム農園も持ち、ゴムの木を傷めにくい樹液の採取方法や栽培技術などを現地で伝えているとのことでした。
さらに興味深かったのが、ゴム農園でもAIやドローンが活用されていることです。
パラゴムノキには、根に発症して木を枯らしてしまう「根白腐病」という病気があります。
根の病気なので外から簡単に見つけられるものではなく、これまでは熟練した農園スタッフが葉のつき方や色などから罹病木を判断していました。
そこで、その熟練者が培ってきた「木を見る目」をAIに学習させ、ドローンで農園を空撮。
撮影した画像から病気の可能性がある木を見つける技術が開発されています。
タイヤの展示を見に来て、天然ゴムの農園でAIやドローンまで使われている話を聞くとは思っていませんでした。
しかし、天然ゴムを安定して確保する方法は、現在のパラゴムノキを守ることだけではありません。
展示の一角には、「グアユール」という見慣れない植物もありました。
グアユールは、米国南西部からメキシコ北部の乾燥地帯に生育する低木で、この植物からも天然ゴムを取り出すことができます。
現在の天然ゴム生産はパラゴムノキに大きく依存しています。
もし病害や気候変動などによって供給に大きな影響が出れば、タイヤづくりにも関わる問題になります。
そこでブリヂストンでは、天然ゴムの供給源を多様化するため、グアユールから天然ゴムを作る研究を続けてきました。
実際にグアユール由来の天然ゴムからタイヤを作るところまで技術的には実現しています。
一方、ガイドツアーでは、生産性やコストの面で課題があり、そのまま広く製品化するには難しさがあるという話も聞きました。
「作ることができる」と「実際に使われる製品として成り立つ」は別の話。
技術的に可能でも、コストが大きくなれば、そのタイヤを求める人はいなくなってしまいます。
ところが帰宅後に調べてみると、この研究はそこで終わっていませんでした。
ブリヂストンは2026年8月、九州大学との共同研究によって、グアユールのゲノム編集個体の作出に成功したことを発表。
ゴムの生産性を高めることで、天然ゴム供給源の多様化につなげる研究が現在も続けられています。
一度はコストや生産性という現実的な壁にぶつかっても、そこで終わるのではなく、別の技術を使ってその壁を越えようとしている。
見学後に知った最新の研究からも、技術開発が現在進行形で続いていることがわかりました。
そして、今ある天然ゴムを大切に使う方法もあります。
その一つが「リトレッド」です。
使用したタイヤをそのまま廃棄するのではなく、すり減った表面部分(トレッド)のゴムを新しく張り替え、再びタイヤとして使用します。
ガイドツアーでは、バスやトラックなどのタイヤでは1~2回程度、トレッドを張り替えて再使用できると説明がありました。
さらに驚いたのが航空機用タイヤで、こちらは3~6回ほど張り替えて使用することができるそうです。
実際のリトレッドタイヤも展示されており、一度使ったら終わりではなく、まだ使える部分を生かしてタイヤそのものの寿命を延ばしていることがわかります。
さらにその先では、「タイヤをタイヤとして再利用する」のではなく、使用済みタイヤを原料へ戻し、そこから再びタイヤを作ることにも挑戦しています。
「そんなことまでできるの?」と思いましたが、ブリヂストンはENEOSと共同で、使用済みタイヤを精密熱分解して得られる分解油から、合成ゴムなどの原料を作るケミカルリサイクルの研究開発を進めています。
2022年に社会実装を目指した共同プロジェクトを開始し、2025年には岐阜県の関工場に精密熱分解のパイロット実証プラントを建設。
使用済みタイヤを原料へ「戻し」、そこから再びタイヤを作る「水平リサイクル」の実現を目指しています。
パラゴムノキを守りながら天然ゴムを作る。
別の植物から天然ゴムを作る可能性を探る。
使ったタイヤは張り替えて長く使い、それでも役目を終えたタイヤは原料へ戻す。
「資源を大切にする」と一言でいっても、入口から出口まで、いくつもの方法があることを知った展示でした。
空気をなくし、そして月へ――未来のタイヤ
タイヤには空気が入っている。
あまりにも当たり前のことですが、その「当たり前」をなくそうとしているタイヤも展示されていました。
ブリヂストンが研究開発を進めている、空気を充填する必要のない次世代タイヤ「AirFree」です。
空気を使わないため、パンクの心配がありません。
一方で、一般的な乗用車のタイヤと同じように大きな荷重を支えるにはまだ課題があり、ガイドツアーでは小型のモビリティなどへの活用を視野に実証が進められていると説明がありました。
運転手不足などの課題を抱える地域で、自動運転の小型バスなどに活用することも検討されているそうです。
そして、この「空気を使わない」という技術の先にあったのが、まさかの月面でした。
ブリヂストンはJAXAやトヨタ自動車とともに、月面探査ミッションを足元から支える月面探査車用タイヤの研究開発に取り組んでいます。
イノベーションギャラリーには、その第1世代となるタイヤの実物が展示されていました。
しかし、月で使うタイヤは地球上のタイヤとは条件がまるで違います。
月面はほとんど空気のない真空状態。
温度は約120℃から-170℃まで大きく変化し、強い放射線にもさらされます。
こうした環境ではゴムや樹脂は性質が大きく変化し、劣化も早くなるため、地球上で使っているようなゴム製タイヤをそのまま使うことはできません。
そこで月面探査車用タイヤには、ゴムではなく金属が使われています。
さらに問題になるのが、月面を覆う「レゴリス」と呼ばれる細かな砂です。
タイヤが深く沈み込んでしまえば、思うように走ることができません。
では、細かな砂の上を沈み込まずに進むにはどうすればいいのか。
そのヒントになったのが、なんとラクダの足でした。
砂漠を歩くラクダの足裏は大きく、ふっくらとしています。
大きな体を支えながらも砂に深く沈み込まず、砂を崩すのではなく押し固めるように歩くことができます。
第1世代の月面探査車用タイヤでは、このラクダの足裏から着想を得て、接地面に柔らかな金属製フェルトを配置。
レゴリスとの摩擦力を高め、砂の上でも走ることができる構造が考えられました。
「月面を走るタイヤ」と聞けば、最先端の宇宙技術を想像します。
その発想の一つが砂漠を歩くラクダの足だったとは、まったく予想していませんでした。
そして研究は、第1世代で終わっていません。
現在開発が進められている第2世代は、展示されていた第1世代とは見た目から大きく変わっています。
ここで再び登場するのが、先ほどの「AirFree」です。
第2世代では、AirFreeで培ってきた技術を生かした薄い金属製スポークを採用。
さらにタイヤの接地部分であるトレッドを回転方向に細かく分割した、新しい骨格構造になっています。
金属製スポークは、ただ硬く支えるのではなく、しなやかに変形しながら荷重を支えます。
その形状や厚みは構造シミュレーションによって最適化され、金属の一部分に負担が集中することを抑えながら耐久性を高めています。
そして分割されたトレッドによって接地面積を大きく確保し、細かなレゴリスへ沈み込みにくくすることで、月面での走破性をさらに高めようとしています。
この月面探査車用タイヤの挑戦は、日本国内だけにとどまりません。
ブリヂストンは米国にも開発・製造拠点を設け、NASAが進める有人月面探査「アルテミス計画」で使用される月面探査車を見据えたタイヤ開発にも取り組んでいます。
館内に第2世代の実物展示はありませんでしたが、パネルにはその姿が描かれていました。
帰宅してから紹介されていた映像を見てみると、本当にパネルで見た通りの形。第1世代とは大きく姿を変えたタイヤが走行する様子を見ることができました。
地球上で空気を使わないタイヤとして研究されてきたAirFreeの技術が、今度は月面探査車用タイヤへ。
さらに月面という極限環境で磨かれた技術を、将来は地球上のタイヤへ還元することも考えられています。
空気を入れることが当たり前だったタイヤから、空気を使わないタイヤへ。
そしてゴムであることさえ当たり前ではなくなり、金属製のタイヤで月面を走ろうとしている。
タイヤという一つの製品にも、まだこれほど大きな進化の余地があることに驚かされました。
タイヤで培ったゴム技術が、建物を地震から守る
月面から地球へ戻ると、今度はブリヂストンのゴム技術が「建物」を支えていることを知りました。
地震から建物を守る構造には、「耐震」「制震」「免震」などがあります。
そのなかで免震は、建物と地盤の間に免震装置を設け、地震のエネルギーを受け流すことで、地面の揺れを上部の建物へ伝わりにくくする仕組みです。
館内では、それぞれの揺れ方の違いをシミュレーションで見ることができました。
免震の場合は建物が地面から切り離され、まるで浮いているようにゆっくりと動き、机の上に置かれたワイングラスさえ倒れません。
その揺れを抑えているのが、ブリヂストンの免震ゴムです。
構造を見ると、単なる大きなゴムの塊ではありません。
ゴムと鋼板を交互に重ねた、まるでミルフィーユのような「積層ゴム」になっています。
国内最大級のものになると直径は約1.8メートル。
最大で約3,800トンもの柱荷重に対応できると聞き、その大きさにも驚きました。
そして、免震の効果が実際の地震で発揮された事例についても紹介がありました。
2024年の能登半島地震で被災した石川県七尾市の恵寿総合病院では、4棟ある病棟のうち3棟が耐震棟、最も新しい1棟がブリヂストンの免震ゴムを採用した免震棟でした。
耐震棟では建物そのものは倒壊しなかったものの、内部の設備が損壊したり器具が転倒したりしたことで、一時的に医療機能を失いました。
一方、免震棟では医療機能を維持することができ、地震発生後の緊急手術にも対応できたそうです。
建物を倒壊させないことだけでなく、その中にある設備や機能まで守る。
病院のように地震直後こそ機能し続けることが求められる施設では、その違いの大きさを感じます。
免震技術は、新しい建物だけに使われるものではありません。
既存の建物を使用しながら免震化する「免震レトロフィット」という工法もあり、歴史的建造物や庁舎などにも採用されています。
国立西洋美術館や東京駅丸の内駅舎、大阪市中央公会堂なども、その例として紹介されていました。
さらに免震ゴムは、建物の足元だけでなく「屋根」にも使われています。
東京2020オリンピック・パラリンピックの競技会場となった東京アクアティクスセンターと有明アリーナでは、建物と大空間の屋根の間にブリヂストンの免震ゴムが設置されました。
体育館やアリーナのような大空間では、屋根の下に多くの柱を設けることができません。
そこで屋根を支える部分に免震ゴムを設置し、地震の揺れが屋根へ伝わるのを抑えることで、屋根とその下の建物への負担を減らす仕組みになっています。
「ブリヂストンが、なぜ建物の免震まで?」と思いましたが、話を聞いてみると、タイヤとはまったく無関係な技術ではありませんでした。
タイヤでは、車体や人、荷物の重さを支え、路面から伝わる衝撃をやわらげる。
そのゴムや振動制御の技術が、今度は建物を支え、地震の揺れを伝わりにくくする技術へと広がっています。
月面では、過酷な環境に耐えるためにゴムを使わず金属製のタイヤを開発する。
一方、地上ではゴムだからこそできることを生かして、建物やその中にいる人たちを守る。
タイヤから始まった技術が、思いがけない場所で社会を支えていることを実感した展示でした。
再訪して見えてきた、ブリヂストンという会社
以前にも訪れたことのあるブリヂストン イノベーションギャラリー。
今回改めてガイドツアーに参加してみると、前回とはまた違った話を聞くことができ、ブリヂストンという会社の見え方も大きく変わりました。
足袋から始まり、国産タイヤの製造へ。
天然ゴムと合成ゴムを使い分け、さまざまな材料を配合し、用途に合わせたタイヤを作る。
その一本のタイヤを作る工程にも、材料技術だけでなく、今も人の経験や技術が生かされています。
そして、タイヤを作って売るだけではありません。
航空機では摩耗を予測することで、タイヤ交換だけでなく在庫管理や整備士の働き方まで改善する。
使い終えたタイヤはリトレッドで長く使い、さらに原料へ戻して再びタイヤを作ることにも挑戦する。
欠かすことのできない天然ゴムを守るため、農園ではAIやドローンまで活用されていました。
さらに、パラゴムノキだけに頼らず、グアユールという別の植物から天然ゴムを作る研究も続いています。
空気を入れないAirFreeの技術は月面探査車用タイヤへとつながり、地球上ではタイヤで培ってきたゴムや振動制御の技術が、建物を地震から守る免震へと広がっています。
こうして一つずつ話を聞いていくと、一見するとまったく違う取り組みも、どこかでこれまで培ってきた技術とつながっていることがわかります。
なかでも印象に残ったのは、目の前にある製品だけではなく、その先にある「困っていること」を見ながら技術を進化させていることでした。
働く人の履物を改良しようと地下足袋を作った創業期。
そして現在は、航空機の整備、限りある資源、月面という極限環境、地震から建物を守ることまで。
訪れる前には「タイヤの会社」というイメージが強かったブリヂストンですが、今回の再訪では、そのタイヤを入口に、材料、ものづくり、デジタル技術、資源循環、そして社会を支える仕組みまで知る見学になりました。
ガイドツアーを終えたあとは、アンケートに回答。
今回は「WORLD SOLAR CHALLENGE」のデザインが入ったハンドタオルをお土産にいただきました。
以前訪れたときには、クイズに答えて挑戦できるガチャガチャもありましたが、今回の訪問時にはその機械は見当たりませんでした。
お土産などの内容は訪問時によって異なる可能性があるため、今回いただいたものとして紹介しています。
完成したタイヤを見るだけではわからない、その裏側にある技術や工夫をたどっていく。
大人の社会科見学として、前回以上に発見の多い再訪となりました。


















🏭 小平で楽しむ大人の社会科見学
小平には、暮らしや産業を支えてきた技術の歴史に触れられる見学施設があります。
あわせて、都市ガスの歴史や暮らしとの関わりを学べる「GAS MUSEUM がす資料館」の見学記もどうぞ。


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