旧前田家本邸の洋館と和館を結ぶ渡り廊下は、普段は立ち入ることのできない場所です。
今回の特別ガイドでは、和風から洋風へと意匠が変わる渡り廊下や東屋、緑色の泰山タイルで装飾された壁泉を間近で見学できました。
さらに和庭では、特徴的な石灯籠や庭石、茶室露路、現在は建物が残っていない三華亭跡などを巡りました。現地で撮影した写真とともに、ガイドで教わった見どころを紹介します。
東京文化財ウィーク2026の特別ガイドに参加
2026年10月28日、東京都目黒区の駒場公園内にある旧前田家本邸を訪れました。
今回の目的は、東京文化財ウィーク2026に合わせて開催された「旧前田家本邸 特別ガイド」です。
洋館と和館は以前にもガイドツアーで見学していますが、今回は通常非公開の場所を案内してもらえる機会でした。
特別ガイドは10月24日から11月3日まで開催され、参加したのはCコースの「渡り廊下と和庭コース」です。
平日にもかかわらず参加希望者が多く、受付開始後まもなく定員の半分ほどが埋まっていました。
このコースでは、洋館と和館を結ぶ渡り廊下から、泰山タイル製の壁泉、築山裏、茶室露路、三華亭跡へと進みます。
洋館と和館の接続部から見学開始
ガイドツアーは、洋館と和館の接続部にある扉の前から始まりました。
左側には和館の複雑な屋根が見えます。屋根には銅板と瓦が使われ、頂部には宝珠が載っています。瓦には前田家の家紋も見られました。
右側は洋館の北側で、使用人用の出入口と地下厨房へ下りる階段があります。ガイドさんによると、この出入口は使用人が使うもので、家族や客は利用しなかったそうです。
洋館の外壁には、表面に櫛で引いたような細い筋を付けたスクラッチタイルが張られています。
また、外壁の装飾には、石川県小松市で産出する大華石も使われています。大華石は比較的柔らかく、彫刻などの加工がしやすい石材です。
料理の運搬にも使われた約30mの渡り廊下
扉をくぐると、まず茶室待合の建物が目に入りました。
茶室待合は茶会の際に客が待機し、茶室へ向かう準備をするための建物です。雪隠(せっちん)も備えられています。
その脇を進むと、洋館と和館を結ぶ約30mの渡り廊下が現れます。
和館側の渡り廊下は木造で、屋根は「招き造り」と呼ばれる片側の勾配が異なる形になっています。壁のない通路でも雨に濡れにくいよう工夫されているそうです。
和館には厨房がなかったため、料理は洋館側の厨房で作られ、この渡り廊下を通って運ばれていました。
渡り廊下の和館側は佐々木岩次郎、洋館側は高橋貞太郎が設計しました。和館側の木造の通路から、タイル張りの階段、アーチのある東屋へと進むにつれ、和風から洋風へ徐々に意匠が変化していく造りになっています。
洋館の意匠が続く階段と夕涼みの東屋
渡り廊下を振り返ったところに階段があり、その先に東屋が設けられています。
階段の両側の壁にはタイルが張られ、洋館側と共通する意匠が見られます。
東屋にはアーチ状の開口部があり、床や壁の一部には青緑色のタイルが使われています。天井や照明にも装飾が施されていました。
東屋には腰掛ける場所があり、ガイドさんによると、前田家の家族は小食堂で夕食をとった後、ここで夕涼みをしていたそうです。
かつて東屋の境には、小松城の葭島御殿兎門扉が設けられていました。現在、門は小松市立博物館に保管されています。
小食堂のテラスから洋館の外壁へ
東屋の先には、洋館の家族用小食堂に面したテラスがあります。
テラスにはガラス扉が並び、庭に向かって開かれた造りになっています。
テラスから庭に下り、振り返ると、テラスと渡り廊下、洋館の位置関係を確認することができました。
現在は苔が広がっていますが、前田家が暮らしていた当時は芝生だったとのことです。
そこから洋館の大食堂の脇を通り、大客室の外壁へと向かいました。
泰山タイルで装飾された緑色の壁泉
洋館の大客室の外壁には、緑色のタイルで装飾された壁泉があります。
東京文化財ウィーク2026の特別ガイドのチラシにも写真が掲載されていた、Cコースの見どころの一つです。
壁泉は洋館の外壁のくぼみに設けられ、中央には緑色のタイルで覆われた円柱状の装飾があります。
ガイドさんによると、使われているのは泰山タイルです。釉薬の緑色には濃淡があり、表面の質感も一様ではありません。
中央には牡羊(おひつじ)の頭をかたどった吐水口があり、その下には水を受ける部分が設けられています。
ガイドさんからは、ギリシャ神話に登場する牡羊の力強さや、噴水の吐水口にはライオンが用いられることもあるという説明を受けました。
この壁泉は馬の飲み水に使われたともいわれています。前田家では実際に馬を飼っていたそうですが、壁泉が馬の水飲み場として使われていたかどうかは、はっきりしていないとのことでした。
また、洋館の屋根には、植物のアカンサスをモチーフにした装飾が見られます。見学開始地点で見た和館の宝珠とは異なる、洋風の意匠です。
築山裏で見た石灯籠と神潜石
壁泉の見学後は、和庭の築山裏へと進みました。
旧前田家本邸の庭園は原熙(はら・ひろし)が設計し、西川一草亭(にしかわ・いっそうてい)も関わったとされています。
ガイドさんによると、和庭には石灯籠が26基あったといわれていますが、現在確認できるのは21基とのことでした。
見学した石灯籠の中には、火袋に茶道具をモチーフにした装飾が施された春日型燈籠がありました。竿の部分も特徴的な形をしています。
また、雪見灯籠についても説明を受けました。
庭園の石灯籠は、かつて加賀藩前田家の上屋敷があった本郷から、すべて移されたものだそうです。
庭園では神潜石を実際に見ながら、対になる霊報石についても説明を受けました。ただし、この場所から霊報石は見えませんでした。
庭園には池や水の流れも設けられています。ガイドさんによると、前田家が暮らしていた当時、池には鯉を入れておらず、客を迎える際に水を流していたそうです。
GHQ時代のバーベキュー炉と祖霊社跡
築山裏の周辺では、レンガで造られた設備についても説明を受けました。
これは戦後、旧前田家本邸が連合国軍に接収されていた時代に設けられたバーベキュー炉だそうです。
また、この付近からは、前田家の祖先を祀っていた祖霊社の跡を見ることができます。
祖霊社跡は別の庭園見学コースにも含まれる場所ですが、Cコースからも近く、フェンス越しに説明を受けました。
祖霊社は1929年、前田家の本邸が本郷から駒場へ移された際に移築されました。
戦後、旧前田家本邸が連合国軍に接収されたことに伴って解体され、現在は建物の基礎などが残されています。
ガイドさんの説明によると、解体された祖霊社の建物は亀戸天神社へ移され、御霊は隣接する前田育英会の敷地へ移されたそうです。
前田育英会の敷地には現在も鳥居と社殿がありますが、これらは御霊を祀るために新たに設けられたもので、かつての祖霊社の建物ではありません。
ツアー中はフェンス越しの見学だったため、終了後に改めて祖霊社跡を撮影し、前田育英会の敷地にある鳥居と社殿も確認しました。
和館の近くに残る朝鮮灯籠と霊報石
築山裏から茶室露路へ向かう途中、和館の建物に近い場所で朝鮮灯籠を見学しました。
また、先ほど神潜石を見た際に説明を受けた霊報石も、ここで実際に確認することができました。
神潜石と霊報石は対になる石として配置されていますが、同じ場所から両方が見えるわけではありません。
茶室露路と外国人客を迎えた貴人口
続いて、和館の茶室を庭から見学しました。
茶室と茶室待合は、三代目木村清兵衛が手がけた建物です。
茶室へ向かう露路には飛び石や石灯籠が配置され、周囲には木々や竹垣が設けられています。
和庭から見える茶室の出入口は、貴人口(きにんぐち)と呼ばれるものです。
ガイドさんによると、この茶室には外国人客をもてなす目的もあり、体をかがめずに出入りできるよう貴人口が設けられたそうです。
茶室の近くにはハゼの木があり、周囲には石灯籠や庭石が配置されています。
露路の途中には、縄で結ばれた石も置かれていました。関守石と呼ばれるもので、ここから先へ進まないことを示しています。
和館は庭園側から見ると、銀閣寺とプロポーションが似ているといわれています。建物の屋根の重なりや全体の姿を、庭から眺めることができました。
太湖石と煎茶室「三華亭」の跡地
Cコースの最後に案内されたのは、かつて煎茶室「三華亭(さんかてい)」が建っていた場所です。
この付近では、独特の形をした太湖石も見学しました。
三華亭は前田家ゆかりの煎茶室で、1929年に本郷から駒場へ移されました。
その後、1949年に石川県へ移築され、現在は金沢市の成巽閣(せいそんかく)に移されています。
駒場には建物は残っていませんが、跡地には説明板が設置されています。
今回の特別ガイドでは、現在残る渡り廊下や壁泉だけでなく、すでに移築された建物の跡地についても説明を受けました。













🏛️ 旧前田家本邸の見学記
旧前田家本邸の洋館と和館についても、ガイドツアーで見学した室内や建築の特徴を紹介しています。
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旧前田家本邸・洋館をガイドツアーで見学
大食堂や応接室など、洋館の室内と装飾 -
旧前田家本邸・和館をガイドツアーで見学
御客間や2階の御居間、小座敷、茶室


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