市谷の杜 本と活字館|印刷所ツアー「文選・植字編」で活版印刷の工程を見学

市谷の杜 本と活字館 印刷所ツアーの植字台 大人の社会科見学

2026年9月。市谷の杜 本と活字館で開催された「印刷所ツアー 文選・植字編」に参加しました。

ツアーでは、普段は入ることのできない印刷所で、職人さんが実際に作業する様子を見ながら、活字を拾う「文選」と、拾った活字を1ページ分の版に組み上げる「植字」の工程を見学します。

活字が並ぶ棚の仕組みから、文字の探し方、植字に使う道具、校正刷りまで、職人さんの実演を交えて詳しく教えてもらいました。 最後には、参加者も校正刷りを1枚ずつ体験しました。


活字を使って版を作る活版印刷

活版印刷は、原稿に必要な活字を拾い、それを組んで版を作り、活字の表面にインキをつけて紙に印刷する方法です。 職人さんからは、「ハンコと同じ原理」と説明がありました。

DNPでは2003年3月に、金属活字による活字鋳造と組版を終了したそうです。 活版印刷が終わる頃には、最盛期のように書籍全体を印刷するのではなく、雑誌の一部の記事などで使われていました。 現在では、活版印刷で書籍を作る工房はほとんどなく、名刺やポストカード、カレンダーなどを制作する工房があるとのことでした。

活字には鉛が使われています。 鉛は溶けやすく、早く冷えて固まるため、活字を鋳造するのに適しているそうです。

活字は印刷を繰り返すうちに、へたったり、欠けたり、つぶれたりします。 印刷後に版を崩すことを「解版」といい、使い終えた活字は棚へ戻すのではなく、鉛に戻して不要物を取り除き、再び鋳造して活字として再生します。 活字の耐久性は印刷機や刷り方によって異なり、ツアーでは1万枚ほどがひとつの目安と教えてもらいました。

一方、文字の間隔や行間を調整するクワタやインテルは印刷される部分ではないため、繰り返し使用します。

戦時中には鉛が不足したため、鉛活字の代わりにガラス製の活字が使われたこともあったそうです。 また、木製の活字(木活字)もあり、ヨーロッパでは現在もポスターなどに使われているとのことでした。

文選|「ウマ」に並ぶ活字から文字を拾う

最初に説明を受けたのが、文選で使う活字棚です。 活字を収めている木箱を「すだれ」といい、それを並べた棚は「ウマ」と呼ばれています。

棚を背中合わせにして置いた形が、馬の背の高さほどあり、四つん這いになった馬のように見えることから「ウマ」と呼ばれるようになったそうです。

活字は書体や大きさごとに分けて、すだれに収められています。 左上には「袖」と呼ばれる場所があり、濁音や漢数字、年号、「市」「町」「村」などの文字が並んでいます。

すだれの中では、ひらがなは「あいうえお順」ではなく「いろは順」。 漢字は部首、部首の画数、さらに総画数を手掛かりに探します。

ただし、使用頻度の高い漢字は、取り出しやすい「大出張」のすだれに置かれています。 部首の画数が少ない「にんべん」などが前方にあり、その中でさらに総画数順に並びます。 「鳥」など画数の多い部首は後方になります。

そのほかに「出張1〜4」「小出張1〜5」があり、ここでも部首の画数と総画数を手掛かりに文字を探します。 使用頻度の低い文字は「外字」と呼ばれるすだれに収められ、外字は隣の職人さんと共用していたそうです。

外字以外の活字は、基本的に一人の職人が使うウマの中で賄います。 文字の場所を把握した職人さんは、1文字を2〜3秒ほどで拾っていくとのことでした。

文選箱を持って分かった活字の重さ

文選では、左手に原稿と「文選箱」を持ち、原稿を確認しながら右手で活字を1文字ずつ拾います。 9ポイントの活字の場合、文選箱1箱には約1,060文字が入ります。

ツアーでは、実際に1ページ分の活字が入った文選箱を持たせてもらいました。 これが想像以上にずっしりと重く、私は両手で持ちました。 ほかの参加者からも「重い!」という声が上がっていました。

職人さんも、仕事を始めた頃は文選箱の半分ほどまで活字を入れたところで持つのがつらくなったそうですが、今では問題なく持てるとのこと。 この重さの文選箱と原稿を左手に持ちながら、右手で次々と文字を拾っていくことになります。

セッテンとネッキで活字を正しく並べる

拾った活字は、文選箱の下側から行頭の文字を入れ、1行ずつ上へ積み上げていきます。

このとき使うのが、真鍮製の「セッテン」です。 最初は文選箱の一番下に置き、1行分の文字を拾い終えると、その行の上へ移します。 次の行を拾い終えたら、また上へ移すという作業を繰り返します。

セッテンには活字を滑らせやすくする役割があり、活字同士がぶつかるのを防ぐことにもつながります。

活字を拾うときはピンセットを使わず、手で拾います。 ピンセットを使うと、印刷面である活字の「つら」を傷つける可能性があるためです。

さらに、活字の側面には「ネッキ」と呼ばれる溝があります。 指でネッキに触れることで活字の向きを確認します。ツアーでは、ネッキが下を向いていれば正しい向きと教えてもらいました。

植字|拾った活字を1ページの版に組む

文選が終わると、次は植字の工程です。 文選と植字は分業で、それぞれ別の職人が担当します。

「植字」は通常「しょくじ」と読みますが、「食事」と聞き分けにくいため、現場では「ちょくじ」と呼んでいるそうです。

植字台には、活字を組むための「ステッキ」、文選箱の活字を持ち上げる「ころがし」、行間を作る「インテル」、版の空きを調整する「クワタ」、組んだ活字を移す「組みゲラ」などがあります。 道具の配置は、職人さんが自分で使いやすいように工夫しています。

文選箱から活字を取り、ステッキに組む

文選箱では行頭の文字が一番下に入っているため、植字を始めるときには、並んだ活字をぐっと上へ押し上げます。

文字を取り出すときには、「ころがし」と呼ばれる丸い棒を1行分の活字の下へ差し込みます。 その行が少し持ち上がるため、活字を手で取りやすくなります。 ただし、ころがしを使うかどうかは職人さんによって異なるそうです。

文選箱から一度に6〜7文字ほどを取り出し、ステッキへ順番に並べていきます。 1行分を取り終えると、次の行の活字の下にころがしを入れ、同じように作業を繰り返します。 ここでもネッキを確認し、活字の向きに注意しながら作業を進めます。

インテルとクワタで行間と字間を調整

1行分の活字を組み終えると、行間を作るための薄い金属「インテル」を入れ、その上に次の行を組みます。 文字と文字の間を空ける必要があるところでは、「クワタ」と呼ばれる金属を挟んで間隔を調整します。

ステッキいっぱいまで組んだ活字は「組みゲラ」と呼ばれる箱へ移します。 再びステッキで次の部分を組み、組みゲラへ移す作業を繰り返しながら、1ページ分の版を作っていきます。

ルビは文選の段階では拾わず、この植字の工程で加えます。 小さなルビ用の活字を使い、本文と組み合わせていきます。

ノンブルを入れ、凧糸で縛って1ページが完成

1ページ分を組み終えると、ページ番号を示す「ノンブル」を入れ、インテルを乗せます。 最後に、組んだ活字が崩れないよう凧糸で縛ると、1ページ分の版が完成します。

完成した版を使って校正刷り

版が完成したら、実際に印刷して、文字や組み方に間違いがないかを確認する「校正刷り」を行います。

今回使った校正刷り用の印刷機は、紙をあらかじめセットしておき、ペダルを踏むと1枚ずつ紙が吸い込まれて印刷される仕組みです。 2本のローラーでインキを取り、版の活字にインキをつけて紙へ印刷します。

ツアーでは、参加者も一人ずつ印刷機を操作し、校正刷りを1枚体験しました。 自分で刷ったものは、そのまま持ち帰ることができました。

転がった活字はピンセットで修正

校正刷りを確認し、文字の間違いや向きの違う活字が見つかった場合は修正します。 活字の向きが違って印刷されている状態は「転がっている」と呼ぶそうです。

文選では活字のつらを傷つけないようピンセットを使いませんでしたが、組み上がった版を修正するときには、ピンセットで該当する活字をつまんで取り出し、正しい向きに修正します。

印刷後には、活字についたインキもきれいに拭き取っていました。
職人さんによると、活字にインキが残ったまま印刷を続けると、印刷面にインキが重なってたまり、文字が潰れたように印刷される原因になるそうです。

校正が終わったあとの本番印刷について聞いてみた

今回のツアーは文選と植字、校正刷りまでが主な解説範囲でしたが、校正用と本番用の印刷機にはどんな違いがあるのか気になり、職人さんに質問してみました。

校正で問題がなければ、次は別の印刷機を使って本番の印刷を行います。 校正刷りではペダルを踏んで1枚ずつ印刷しましたが、本番用の印刷機では紙が自動で送られ、連続して印刷されます。

校正刷りと同じく、本番印刷で使うインキにも乾燥剤は入っていません。そのため、印刷された紙同士にインキが付かないよう、1枚刷るごとに白い粉が自動で散布される仕組みになっていました。

刷り上がった印刷物は、乾燥させる場所へ慎重に移します。 印刷所では、実際に印刷を終えて乾燥させているものも見せてもらいました。

両面に印刷する場合は、まず片面を刷って乾燥させ、乾いたあとに裏面を印刷し、再び乾燥させます。

さらに、1色刷りなら1回の印刷で済みますが、たとえばカレンダーの日曜や祝日を赤色にする場合は、別の色でもう一度印刷します。 3色なら3回と、色の数だけ印刷の工程が増えます。

植字が終われば、あとは印刷機で刷るだけなのかと思っていましたが、実際には校正と修正があり、本番印刷のあとにも乾燥が必要です。 両面印刷や多色刷りになれば、さらに工程が増えます。

DNPで週刊誌を活版印刷していた時代には、24時間3交代で作業していたこともあったそうです。 文選から植字、校正、印刷まで一連の工程を見たあとにこの話を聞くと、活版印刷で大量の印刷物を作っていた当時の作業量の大きさがよく分かります。

この本番印刷についての説明を聞いたところで、今回の印刷所ツアーは終了しました。

市谷の杜 本と活字館の印刷所に並ぶ活字棚「ウマ」
活字を収めた「すだれ」が並ぶ活字棚。棚は「ウマ」と呼ばれています。
すだれに並べられた活版印刷用の活字
「すだれ」に並ぶ活字。職人は部首や画数を手掛かりに必要な文字を探します。
市谷の杜 本と活字館の印刷所にある植字台
活字を1ページ分の版に組んでいく植字台。道具の配置は職人が使いやすいように工夫されています。
活版印刷の植字に使うステッキや文選箱ところがしなどの道具
左からステッキ、文選箱ところがし。文選箱の外にはセッテン、箱の中にはインテルや凧糸などが置かれています。
活版印刷で文字の間隔を調整するクワタ
文字と文字の間隔を調整するときに使う「クワタ」。印刷されない部分に挟み込みます。
活版印刷の植字で使うルビ用の小さな活字
ルビ用の小さな活字。ルビは文選では拾わず、植字の工程で本文と組み合わせます。
植字を終えて凧糸で縛られた1ページ分の活版
植字を終えた1ページ分の版。組んだ活字が崩れないよう、凧糸で縛られています。
校正刷り用の印刷機にセットされた活版
完成した版を校正刷り用の印刷機にセットしたところ。
市谷の杜 本と活字館で使用した校正刷り用の印刷機
ツアーで使用した校正刷り用の印刷機。ペダルを踏むと、セットされた紙が1枚ずつ吸い込まれて印刷されます。
印刷所ツアーで体験した活版印刷の校正刷り
参加者も校正刷りを1枚ずつ体験。自分で刷ったものは持ち帰ることができました。
校正後の本番印刷に使用する自動給紙の活版印刷機
校正で問題がなければ、紙を自動で供給するこちらの印刷機で本番印刷を行います。
本番印刷時に白い粉を散布する印刷機の装置
印刷した紙同士にインキが付かないよう、1枚刷るごとに白い粉を自動で散布します。
市谷の杜 本と活字館の印刷所で乾燥中の印刷物
印刷後は乾燥させます。両面印刷の場合は、片面を乾かしてから裏面を印刷します。

📚 活版印刷の工程をさらに知る

活字を拾い、紙面を組み上げる文選・植字は、活版印刷で本を作る工程の一部です。

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