旧前田家本邸・洋館をガイドツアーで見学|東洋一と称された侯爵邸へ

重要文化財・旧前田家本邸の洋館 アートと文化

2026年1月。東京・駒場公園に残る重要文化財・旧前田家本邸 洋館を訪れ、無料のガイドツアーに参加しました。

昭和4年(1929)に竣工した洋館には、賓客を迎えた華やかな応接室や大食堂だけでなく、前田侯爵一家が暮らした居室や使用人のための空間も残されています。

館内をガイドさんと巡ってみると、泰山タイルや金唐紙、大階段の下につくられたイングルヌックなどの室内意匠に加え、料理を運んだダムウェーターや使用人たちの暮らしなど、建物を自由に見学するだけでは気づきにくい話もたくさん聞くことができました。

この記事では、約1時間半かけて巡ったガイドツアーの内容をもとに、1階の客室から2階の居住空間、使用人が過ごした一画まで、実際に見学して印象に残ったところを紹介します。


重要文化財・旧前田家本邸 洋館をガイドツアーで見学

旧前田家本邸の洋館は、前田家第16代当主・利為侯爵によって建てられた邸宅です。 洋館と和館は渡り廊下で結ばれており、洋館の1階には賓客を迎えるための空間、2階には前田侯爵一家の居住空間が設けられています。

この日は10時30分から始まる洋館の無料ガイドツアーに参加しました。 予定時間を大きく超えるほど詳しい案内で、建物を巡りながら各部屋の使われ方や細かな室内意匠について説明を聞いていきます。

1階|賓客を迎えた華やかな空間

玄関から館内へ入ると、重厚な木部や石材、照明などが目に入り、部屋ごとに異なる意匠が施されています。 館内に残るシャンデリアの多くは建築当時のものだそうで、場所によってデザインが異なるのも印象的でした。

一見すると石造りに見える柱も、建物自体は鉄筋コンクリート造です。 ガイドさんによると、鉄筋コンクリートの柱に石材を貼って装飾しており、石の模様まできれいにつながるように仕上げられているとのこと。 構造だけでなく、見た目の美しさにも手間をかけた造りであることがわかります。

柱頭には、アカンサスの葉をモチーフにした装飾も見られました。 西洋建築で古くから柱頭などに用いられてきた植物文様で、館内ではこうした細かな部分にもさまざまな意匠が取り入れられています。

第一応接室|泰山タイルとステンドグラス

1階の第一応接室では、マントルピースに使われた泰山製陶所の泰山タイルを見ることができます。 ガイドさんの説明を聞きながら見ると、室内全体の重厚な雰囲気の中で、タイルの色や模様が目を引きました。

庭へ出る扉にはステンドグラスが施されています。 華やかな装飾を一か所に集中させるのではなく、タイルやステンドグラス、照明など、室内のさまざまな場所に異なる意匠が取り入れられているのが印象的でした。

サロン|大きな鏡と床に映る虹色の光

サロンには暖炉の上に大きな鏡が設けられ、窓から光が差し込む明るい空間となっています。

印象に残ったのが、窓ガラスを通して床に落ちる光でした。 ガラスの加工によって光が虹色に見え、重厚な室内にやわらかな色が浮かび上がります。

階段広間とサロンは大きな開口部でつながっており、振り返ると大階段まで見通すことができます。 それぞれの部屋を個別に見るだけでなく、館内を歩くことで空間同士のつながりも感じられました。

大客室と小客室|続き間にも見られる違い

大客室と小客室は隣り合った続き間となっています。 二つの部屋を見比べると、小客室は大客室よりも天井が低く、同じ客室でも空間のつくりに違いがあることがわかります。

暖炉や壁紙、照明なども部屋によって異なり、館内を巡るほど、それぞれの部屋に合わせて意匠が変えられていることに気づきます。

中でも目を引いたのが、日本刀の「鍔(つば)」をモチーフにした意匠です。 西洋館の中に日本的なモチーフが取り入れられているのも、細部を見て歩く楽しさのひとつでした。

大食堂と小食堂|食事の場にも残る重厚な意匠

1階の大食堂は、壁面にチーク材が使われた重厚な空間です。 大きな暖炉が設けられ、その周囲にも細かな装飾が施されています。

暖炉の上には、アカンサスの葉をモチーフにした意匠も見られます。 ガイドさんによると、この意匠に「大學」の文字を加えると、金沢大学の校章と同じデザインになるとのこと。 金沢大学の校章も、アカンサスの葉と「大學」の文字を図案化したものです。

大食堂の隣には、家族が日常の食事に使用した小食堂も設けられていました。 大勢の賓客を迎える大食堂とは別に、家族のための食事の場が用意されていたことからも、この洋館が迎賓の場であると同時に生活の場でもあったことがわかります。

料理は地階の厨房で作られ、ダムウェーターと呼ばれる料理運搬用の小型昇降機を使って1階・2階へ運ばれていました。 華やかな食堂の裏側には、料理を運ぶための設備まで整えられていたのです。

大階段とイングルヌック|洋館で印象に残った空間

館内でも特に印象に残ったのが、階段広間にある大階段です。 赤い絨毯が敷かれた階段のまわりには、木を使った細かな意匠やステンドグラス、照明が組み合わされ、映画のワンシーンのような雰囲気があります。

大階段は見た目だけでなく、一段一段の高さにも工夫があります。 ガイドさんによると、当時は女性が着物やスカートを着ることが多かったため、上り下りしやすいよう階段の高さが低く抑えられているそうです。 実際に歩いてみても、ゆったりとした階段になっていました。

そして大階段の下には、「イングルヌック」と呼ばれる小さな空間が設けられています。 イングルヌックとは、暖炉のそばにつくられた暖かな小空間のこと。 この洋館では階段下の窪みを利用し、マントルピースやステンドグラス、造り付けのソファが設けられています。

ソファの背後には三連アーチの飾り棚があり、大きな階段の下にある空間とは思えないほど丁寧につくられています。 華やかな応接室や客室とはまた違い、少人数で腰を落ち着けて過ごすための場所だったことが伝わってきました。

大階段を上がる途中にも、ステンドグラスや木の透かし彫り、照明などが目に入り、階段そのものがひとつの見どころになっています。 1階から2階へ移動するだけの場所ではなく、立ち止まって細部を眺めたくなる空間でした。

2階|前田侯爵一家が暮らした居住空間

大階段を上がった2階には、侯爵夫妻や子どもたちの居室が並んでいます。 賓客を迎えることを目的とした1階に対し、2階は前田侯爵一家が日常を過ごした生活の場です。

階段まわりにはステンドグラスや木を使った装飾が続きますが、それぞれの居室へ進むと、1階の応接室や客室とはまた違った雰囲気が感じられました。

侯爵の書斎|復原された金唐紙

侯爵の書斎で目を引くのが、壁を彩る金唐紙です。 和紙に金属箔を貼り、凹凸のある模様を施した日本の伝統的な壁紙で、書斎では古写真や資料などをもとに、かつての室内の姿が復原されています。

旧前田家本邸では、時代の変化や戦後の接収などを経て、建築当初とは内装が変わっている場所もあります。 ガイドツアーでは、失われた内装を復原するには多くの手間や費用がかかるという話も聞きました。

夫人室と侯爵夫妻の寝室

夫人室では、室内に敷かれた絨毯も建築当時のものと説明を受けました。 長い年月を経た室内に、実際に前田家が暮らしていた時代のものが残されているのは印象的です。

その先には侯爵夫妻の寝室があります。 ベッドの枕元には壁龕(へきがん)が設けられており、ガイドさんのお話では、ここには前田家当主の守り刀が置かれていたそうです。

西洋風の邸宅や家具の中に、こうした日本的な習慣が残されているところも興味深く感じました。

長女の居室|もとは客用寝室として計画された部屋

長女の居室は、もともと第一客用寝室として計画された部屋でしたが、実際には長女の部屋として使われました。 かなり広い部屋で、必要に応じて2室に仕切ることもできる造りだったそうです。

室内の説明によると、カーテンには侯爵の書斎と同等のものが使われる一方、壁紙や絨毯には可愛らしい柄が選ばれていたようです。 現在の壁紙と絨毯は当時のものではなく、整備工事の際に建築当初の雰囲気にならって設えられています。

この部屋は玄関上のバルコニーに面しています。 洋館を外から眺めたときに見えていた場所と、館内を歩いてきた部屋の位置がつながるのも、実際に建物の中を巡る面白さでした。

娘たちの居室と船旅に使われたトランク

2階には長女だけでなく、次女や三女の居室も設けられています。 次女の部屋にはベランダへ出る扉があり、長女の部屋とは外部への出入りの造りにも違いが見られました。

また、館内には前田家が実際に使用していた大きなトランクも展示されていました。 当時の海外への移動は長い船旅となるため、このような大型のトランクが使われていたそうです。

トランクに記されていた文字は「MAEDA」ではなく「MAYEDA」。 ガイドさんからは、「MAYEDA」のつづりのほうが外国人にも「マエダ」に近い発音をしてもらえるため、このような表記にしていたとの説明がありました。 何気ない持ち物からも、海外との往来があった当時の暮らしが伝わってきます。

使用人の一画へ|華やかな洋館の中で変わる内装

2階をさらに進んで印象に残ったのが、使用人が過ごした一画です。 侯爵一家の居室からこちらへ入ると、それまでとは内装の雰囲気ががらりと変わり、使われている材や装飾もずっと簡素になります。

華やかな応接室や家族の居室を見てきたあとだったため、その違いはとてもはっきりと感じられました。 間取りを見ても、女中室や女中溜など、使用人のための空間が家族の居室とは少し離れた場所にまとめられています。

ガイドさんからは、以前、前田家で実際に使用人をしていた方がこの洋館を見学に訪れたことがある、という話も聞きました。 その方によると、多くの使用人のうち洋館内に入ることができたのは限られた人で、館内の女中部屋で暮らしていたのも、身元のしっかりした人たちだったそうです。

すべての使用人がこの洋館の中で暮らしていたわけではなく、邸宅の周囲にも使用人たちが暮らす家があったとのこと。 華やかな表側だけでなく、邸宅を支えた人たちの生活空間まで残されているのも、この洋館を見学して印象に残ったところでした。

当時、前田家では6人の家族に対して136人もの使用人が仕えていたそうです。 数字だけを聞くと想像しにくい規模ですが、家族の居室、使用人の一画、地階の厨房などを実際に巡ると、この大きな邸宅を維持し、侯爵一家の暮らしを支えるために多くの人が働いていたことが少しずつ見えてきました。

また、地階から3階の洗濯室までは暖房用のダクトがつながっていました。 料理を運ぶダムウェーターとあわせて、表からは見えないところにも、大きな邸宅での暮らしを支えるための設備が整えられていたことがわかります。

洋館から渡り廊下を通って和館へ

旧前田家本邸には洋館だけでなく和館もあり、二つの建物は渡り廊下でつながっています。 チューダー様式を取り入れた洋館から、そのまま日本建築の和館へと続いているのも、この邸宅の大きな特徴です。

この日は午前中に洋館のガイドツアーに参加したあと、午後には和館の無料ガイドツアーにも参加しました。 和館では通常の見学では入れない小座敷や2階、茶室なども案内していただき、洋館とはまったく異なる空間を見ることができました。

旧前田家本邸洋館の玄関
旧前田家本邸洋館に残るシャンデリア
館内のシャンデリアの多くは建築当時のものと説明を受けました。
旧前田家本邸洋館の石張りの柱とアカンサスの柱頭装飾
石材で装飾された柱。柱頭にはアカンサスの葉をモチーフにした意匠が見られます。
旧前田家本邸洋館の第一応接室
第一応接室のマントルピースに使われた泰山タイル
第一応接室のマントルピースに使われている泰山製陶所の泰山タイル。
旧前田家本邸洋館のサロンと床に映る虹色の光
サロン。窓から差し込む光が床に虹色となって映っていました。
旧前田家本邸洋館の小客室から見た大客室
小客室から大客室を見る。二つの客室は続き間になっています。
日本刀の鍔をモチーフにした旧前田家本邸洋館の室内装飾
日本刀の「鍔(つば)」をモチーフにした意匠。
チーク材の壁面とマントルピースがある旧前田家本邸洋館の大食堂
大食堂のマントルピースに施されたアカンサスの意匠
ガイドさんによると、この意匠に「大學」の文字を加えると、金沢大学の校章と同じデザインになるそうです。
旧前田家本邸洋館の大階段
赤い絨毯が印象的な大階段。階段下にはイングルヌックが設けられています。
旧前田家本邸洋館の大階段下にあるイングルヌック
造り付けのソファと三連アーチの飾り棚が設けられたイングルヌック。
金唐紙が復原された旧前田家本邸洋館の侯爵書斎
侯爵の書斎。壁には金唐紙が復原されています。
前田家の梅鉢紋がデザインされたマントルピース
マントルピースにも前田家の梅鉢紋。中央の6つの丸に注目すると、梅の形が見えてきます。
旧前田家本邸洋館の夫人室
夫人室。ガイドツアーでは、室内の絨毯も建築当時のものと説明を受けました。
旧前田家本邸洋館の侯爵夫妻の寝室と壁龕
侯爵夫妻の寝室。ベッドの枕元には、守り刀を置いたと説明を受けた壁龕(へきがん)があります。
旧前田家本邸洋館の娘の居室
MAYEDAと記された前田家使用のトランク
前田家が使用していたトランク。「MAEDA」ではなく「MAYEDA」と記されています。
旧前田家本邸洋館の玄関上にあるバルコニー
玄関上のバルコニーに面した2階の部屋は、長女の居室として使われていました。
旧前田家本邸の洋館と和館を結ぶ渡り廊下
洋館と和館を結ぶ渡り廊下。

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旧前田家本邸では、洋館と渡り廊下でつながる和館のガイドツアーにも参加しました。
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