市谷の杜 本と活字館で開催されている企画展「ワールドワイド活版印刷 Worldwide Kappan」の解説ツアーに参加しました。
活版印刷についてほとんど知識がないまま参加しましたが、世界各地で今も活字を作り、本や新聞を印刷している工房の話を聞いていくうちに、「パンチ」「母型」「モノタイプ」など、最初は意味のわからなかった言葉が少しずつつながっていきました。
ツアー後には卓上活版印刷機「テキン」を使った栞づくりも体験。
世界に残る活版印刷の工房と、それぞれの地域で技術を受け継ぐ人たちについて、解説ツアーで聞いた話を中心に紹介します。
- 「ワールドワイド活版印刷 Worldwide Kappan」解説ツアーへ
- 古い印刷機が並ぶ館内へ|でも何に使う機械なのかわからない
- 開館5周年企画|世界に残る活版印刷の工房を訪ねて
- 活版印刷は世界へ|グーテンベルクから広がった印刷技術
- ヨーロッパに残る活版印刷|本を作り、技術を次世代へ
- 大学や文化施設に受け継がれる活版印刷
- 印刷所に残るのは機械だけではない|ノルウェーの新聞社
- 北米へ|90歳を超えて活字を作り続ける職人
- モノタイプとライノタイプ|少しずつ言葉がつながってきた
- サンフランシスコ|鋳造から製本まで行う出版社
- 日本に残る活字鋳造|佐々木活字店と築地活字
- もう作れない機械を使い続ける|活版印刷を残すということ
- 文字や文化によって違う|世界各地の活版印刷
- 「パンチ?母型?モノタイプ?」がようやくつながった
- 卓上活版印刷機「テキン」で栞を印刷
「ワールドワイド活版印刷 Worldwide Kappan」解説ツアーへ
以前から気になっていた、市谷の杜 本と活字館。
古い印刷機や活字が並ぶ、どこかレトロな雰囲気の館内を見てみたいと思っていた施設です。
とはいえ、私は本を作っているわけでもなく、印刷について詳しいわけでもありません。
「活版印刷」という言葉は知っていても、実際にどのように活字を作り、版を組んで印刷するのかは、ほとんど知らない状態でした。
そんなときに見つけたのが、企画展「ワールドワイド活版印刷 Worldwide Kappan」の解説ツアーです。
企画展の案内には、世界には今も活字を鋳造して版を組み、本を作っている工房があり、貴重な設備を保存して次の世代へ残そうと活動している人たちがいる、とありました。
「活字を鋳造する」「版を組む」とは、どんな仕事なのだろう。
職人の世界を少し覗いてみたいという気持ちから、解説ツアーに申し込みました。
古い印刷機が並ぶ館内へ|でも何に使う機械なのかわからない
当日は少し早めに到着し、受付を済ませてから1階を見て回りました。
館内には古い印刷機や道具、たくさんの活字が収められた棚などが並び、見ているだけでもワクワクする空間が広がっています。
ところが、展示パネルに書かれている説明は読めても、その内容と目の前にある機械がどう結びつくのかが、いまひとつわかりません。
周囲にはこれまで聞いたことのない言葉もちらほら。
これから解説を聞いて、本当に理解できるのだろうか……と少し不安にもなってきました。
まだツアーの開始まで時間があったため、いったん館内で休憩。
ラテアートが描かれたカフェオレとバームクーヘンをいただき、時間が近づいたところで会場の2階へ向かいました。
開館5周年企画|世界に残る活版印刷の工房を訪ねて
解説ツアーは、なぜ「ワールドワイド活版印刷」という企画展が生まれたのかという話から始まりました。
本と活字館の開館5周年を迎えるにあたり、活版印刷が主流ではなくなった現在、世界には今も活版印刷で書籍や新聞を作っている工房がどのくらい残っているのかを調べたことが、この企画の始まりだったそうです。
活版印刷はカードやポスターなどにも使われていますが、今回の企画展で対象としたのは書籍や新聞。
大量の文字を組んで版を作る必要がある印刷物です。
そして、大量の文字を組むためには、そもそも「活字」がなければ仕事になりません。
そこで、書籍や新聞を印刷しているところだけではなく、活字そのものを作っている工房も調査の対象になりました。
調べてみると、活版印刷の設備を保存する文化施設は世界各地にあるものの、現在も仕事を続けている工房となると、その数は限られていたそうです。
会場の壁面には、調査でわかった世界各地の工房や施設が地域ごとに紹介されていました。
活版印刷は世界へ|グーテンベルクから広がった印刷技術
世界各地の工房を見ていく前に、活版印刷がどのように世界へ広がっていったのかについても説明がありました。
活版印刷そのものは、グーテンベルク以前から東アジアでも行われていました。
15世紀のヨーロッパでは、グーテンベルクが鉛合金の活字や母型による活字の複製、油性インキ、印刷機などの技術を組み合わせ、効率よく大量に印刷できる仕組みを作り上げます。
その後、活版印刷はヨーロッパ各地へ広がり、キリスト教やヨーロッパ諸国の海外進出とともに、世界各地へ伝わっていったそうです。
南米にもスペインから比較的早い時期に活版印刷が伝わりました。
一方、日本には17世紀にも活版印刷の技術が入ってきましたが、その時点では定着しませんでした。
本格的に取り入れられるようになるのは明治2年以降。近代化を進めるなかで、活版印刷も新しい技術のひとつとして広がっていきました。
同じ活版印刷でも、伝わった時期や背景は地域によって異なります。
このあたりの話は歴史の流れとしてわかりやすく、活版印刷についてほとんど知らなかった私でも、すんなり聞くことができました。
そして説明を聞いていて、ひとつ判明したことがありました。
企画展のビジュアルに描かれていた、地球の上を歩いている人物。
私はそれまで「スーツケースを引いて世界を歩いているおじさん」くらいにしか思っていなかったのですが、この人物がグーテンベルクだったのです。
企画展のタイトルが「Worldwide Kappan」で、そのグーテンベルクが地球の上を歩いている。
ここでようやく、このイラストの意味もわかりました。
ヨーロッパに残る活版印刷|本を作り、技術を次世代へ
世界各地に残る活版印刷の工房について、最初に紹介されたのはヨーロッパでした。
活版印刷が始まった地域ということもあり、現在も活動を続ける工房はヨーロッパに多く残っているそうです。
イタリア|印刷から製本まで手がけるAlberto Tallone
イタリアのAlberto Talloneは、パリで創業した歴史ある工房です。
手作業で活字を組んで印刷し、さらに製本まで手がけています。
一つの出版社がオリジナルの活字を持っていることも、現在ではとても貴重なのだそうです。
その説明のなかで出てきたのが「手彫りパンチ」という言葉。
パンチ……?
初めて聞く言葉で、この時点では「文字の型を作るためのものなのかな」と想像するくらいで、仕組みまではよくわかりませんでした。
一方、工房で使われているスタンホープ印刷機の話には、思い当たるものがありました。
日本では国立印刷局が所有しているという説明を聞いて、「あ、この間見た!」と記憶がつながります。
少し前に訪れた「お札と切手の博物館」の1階に展示されていたのが、まさにスタンホープ印刷機でした。
知らない言葉が次々と出てくるなかで、実物を見たことのある印刷機が登場すると、それだけでも少し話が身近に感じられました。
イギリス|大学の中で活版印刷を受け継ぐThin Ice Press
続いて紹介されたのは、イギリス・ヨークにあるThin Ice Pressです。
イギリス最後の木活字制作会社の資産を受け継ぎ、大学内で活版印刷に特化した教育や研究を行っている施設で、技術を次の世代へ伝える役割も担っています。
ここで印象に残ったのが、展示されていた作品です。
活字の一部をハンマーで潰し、その活字を使って印刷した作品が紹介されていました。
活字を扱う人からすれば「大切な活字になんてことを!」と思うような使い方ですが、それを作品として見ることもできるという話でした。
古い活字や設備をそのまま保存するだけではなく、教育や研究、さらには新しい表現にも使われていることが興味深く感じられました。
フランス|60以上の言語の活字を持つ国立印刷局
フランスでは、国立印刷局に残る活版印刷工房が紹介されました。
一時は存続が危ぶまれたものの、活字を作るための貴重な資料や設備が保存され、現在へ受け継がれているそうです。
ここでも「パンチ」に関係する専門的な言葉がいくつも登場しました。
まだパンチそのものをよく理解できていない私には、正直なところ細かな仕組みまでは追いつけません。
ただ、活字を作るための非常に貴重なものが保存されている、ということはわかりました。
さらに驚いたのが、保有する活字の種類です。
アルファベットだけではなく、漢字やアラビア文字、中国語など、60以上の言語の活字を持っているとのこと。
そして、パンチの彫刻から活字の鋳造、組版、印刷、製本まで、一連の工程を行うことができます。
「活字を持っている」と一言でいっても、世界にはこれだけ多くの文字があります。
それを作り、保存し、実際に使える状態で残していくことの大変さが、少しずつ見えてきました。
パリで今も本を作るAstier de Villatte / SAIG
同じフランスでも、こちらは民間の印刷所です。
Astier de Villatte / SAIGは、パリに残る書籍の活版印刷所で、現在も鉛の活字を使った本づくりを続けています。
ここでは若い職人が仕事を担っていることも貴重だという説明がありました。
出版物のひとつとして紹介されたのが、パリのガイドブック『Ma Vie à Paris(私のパリ生活)』です。
活版印刷で作られた本には、作品のように数万円するものもあり、個人ではなかなか手を出しにくいものも多いとのこと。
そのなかで、一般に流通する書籍として購入できるものがあることも珍しいという話でした。
ちなみに、「Astier de Villatteは表参道や伊勢丹でも取り扱われている」といった話になると、周囲では大きく頷いている方が何人もいました。
私はここでもよくわからず、ひとり話についていけていない状態でしたが……。
ツアー終了後に館内のショップを見ると、『MA VIE A PARIS(私のパリ生活)』の日本語版も実際に並んでいました。価格は1冊8,000円。
この日本語版はDNPが活版印刷で製造したもので、DNPが保管する秀英体の母型をもとに鋳造された活字が使われています。
一般的な本として考えるとなかなかのお値段ですが、活版印刷の本には数万円するものもあると聞いた直後だったので、「これでも比較的手に取りやすい価格なのか」と、活版印刷による本づくりの世界を少し垣間見た気がしました。
大学や文化施設に受け継がれる活版印刷
ヨーロッパの工房を巡るなかでは、活版印刷の設備や技術を大学や文化施設が受け継いでいる例も紹介されました。
エストニアでは、かつての印刷所を引き継ぎ、アーティストがカードやレコードのスリーブなどを制作しているところがあります。
ここで印象に残ったのは、展示物そのものではなく、海外の美術教育と活版印刷についての話でした。
海外の美術大学では、教育のなかで活版印刷を学ぶところがあるそうです。
一方、日本では漢字やひらがな、カタカナなど必要となる文字の数が多く、大量の活字や設備を大学が維持していくことは簡単ではないとのことでした。
同じ活版印刷でも、使う文字や言語によって、技術を残していくために必要な環境まで違ってくることが興味深く感じられました。
エストニアのTYPA|穴の開いたテープから活字を鋳造
エストニアでは、TYPAという施設が紹介されました。
同じエストニアにあるTYPAは、印刷と製紙の技術を伝える文化施設です。 保存された機械の多くが現在も動き、印刷や製紙、製本などのワークショップも行われています。
ここでもまた、初めて聞く言葉が登場します。
「モノタイプ」。
さらに展示されていたのが、細長い紙に点字のような穴がたくさん開いたテープです。
これは「鑽孔(さんこう)テープ」と呼ばれるもので、穴によって文字の情報が記録されています。
このテープを機械に読み込ませることで、必要な活字を自動で鋳造することができるそうです。
例えば「AAA」という文字情報が記録されていれば、Aの活字を3本作る、といった仕組み。
「モノタイプ」という名前も「鑽孔テープ」という言葉も、このときの私には初耳でした。
それでも、必要な文字の情報をテープに記録し、それを機械が読み取って活字を作るという仕組みは、展示を見ながらなんとなくイメージすることができました。
活版印刷というと、職人がすべて手作業で行う世界を想像していましたが、大量の活字を必要とする印刷を、自動鋳造機も支えてきたことを知りました。
印刷所に残るのは機械だけではない|ノルウェーの新聞社
続いて紹介されたノルウェーでは、鉱山の町にあった新聞社が博物館として残されています。
ここでガイドさんから聞いた話が、とても印象に残りました。
町の小さな印刷所では、チラシやパンフレット、地域の歴史を伝える冊子など、その土地で必要とされるさまざまなものを印刷してきました。
つまり、その印刷所が何を刷ってきたのかを見ることは、町の歴史を見ることでもあるというのです。
印刷所がなくなれば、機械や活字が失われるだけではありません。
そこで印刷されてきたものとともに、町の歴史を伝えるひとつの手がかりも途切れてしまいます。
また、活字を収めるケースの形や使い方にも地域差があり、どのような言語や文字を扱ってきたのかによって異なるという話もありました。
それまで古い印刷機や活字を「貴重な設備」として見ていましたが、その土地で使われてきた活字や道具そのものにも、地域の歴史が刻まれているのだと感じました。
年に一度、活版印刷で新聞を発行
この博物館では現在も、年に一度、ボランティアによって実際に新聞を作っています。
新聞は書籍とは違い、大きな紙面を印刷するために「大組み」と呼ばれる大きな版をテーブルの上で組み、使用する印刷機も大型になります。
2024年には、初めて英語版の新聞も発行されたそうです。
年に一度とはいえ、古い設備を動かせる状態に保ち、活字を組んで新聞を作り続けることは大変なこと。
ところがガイドさんは、この企画展を作ったあと、ブラジルには現在も隔週で活版印刷の新聞を発行しているところがあることを知ったそうです。
年に一度でも維持するのは大変だと思っていたところに「隔週」と知り、驚いたという話でした。
今回の展示で紹介されている工房や施設だけが、世界に残る活版印刷のすべてではありません。
今もどこかで活字を組み、印刷を続けている人たちがいることを感じさせるエピソードでした。
北米へ|90歳を超えて活字を作り続ける職人
続いて紹介された北米で印象に残ったのが、アメリカで活字づくりを続けるJim Walczak(ジム・ウォルチャック)さんの話でした。
ガイドさんも説明のなかで何度も「ジムさん」と呼んでいたため、世界各地の工房を巡るツアーのなかでも、特に記憶に残った人物です。
90歳を超えた現在も活字づくりに携わり、活字を鋳造するだけではなく、そのために必要となる「母型」を一から彫刻できる、アメリカでも数少ない職人なのだそうです。
……といっても、このときの私は「ぼけい」という言葉すら初めて聞いた状態。
何か文字の型を作るものらしい、というくらいの理解で話を聞いていました。
母型を作るための機械として紹介されたのが「パントグラフ」です。
文字のパターンをなぞる動きによって文字を彫っていく機械で、縦型や横型があるという説明もありました。
横型のパントグラフは漢字を彫るには十分な精度を得ることが難しく、日本では使われなかったという話も。
専門的な仕組みまでは理解できませんでしたが、文字の形をもとに型を彫り、そこから活字を作っていくのだろうと、ぼんやりとしたイメージができてきました。
「Worldwide Kappan」のために作られた版も展示
さらに、ジムさんが今回の「Worldwide Kappan」のために制作した版と印刷物も展示されていました。
印刷された文字をよく見ると、最後には「Worldwide Kappan 2026 Tokyo, Japan」の文字も入っています。
ガイドさんの話からも、この企画展のためにわざわざ制作してもらったことへの感謝が伝わってきました。
このころには、活字を作るまでにも母型の制作や鋳造といった工程があることを少しずつ知り始めていたので、「この企画展のために作ってくれた」ということの重みも、最初より少しわかるようになっていました。
世界のどこかで今も活字を作っている職人がいる、という話を聞くだけではなく、その職人が今回の企画展のために実際に制作したものを目の前で見ることができました。
隣には、版画家として活動する娘さんとのコラボレーション作品も展示されていました。
長く受け継がれてきた活字づくりの技術が、現在の作品制作にもつながっていることがわかる展示でした。
モノタイプとライノタイプ|少しずつ言葉がつながってきた
メキシコでは、印刷所と出版社を兼ねる工房が紹介されました。
ここでも聞き慣れない言葉が次々と登場します。
そのなかで耳に残ったのが、「モノタイプ」と「ライノタイプ」の違いでした。
モノタイプは1文字ずつ鋳造するのに対し、ライノタイプは1行分をまとめて鋳造する仕組みだという説明です。
ここで、エストニアのTYPAで聞いた「モノタイプ」という言葉が少しだけつながりました。
TYPAでは、穴の開いた鑽孔テープを機械に読み込ませ、必要な活字を鋳造する仕組みを見ました。
あのときは「モノタイプ」という名前を聞いてもよくわかっていませんでしたが、「1文字ずつ鋳造するもの」と聞いて、少し輪郭が見えてきました。
それでも、まだ活字を作る工程全体を理解できていたわけではありません。
「パンチ」「母型」「モノタイプ」「ライノタイプ」――初めて聞いた言葉を頭の中にため込みながら、ツアーについていきます。
サンフランシスコ|鋳造から製本まで行う出版社
サンフランシスコでは、活字の鋳造から印刷、製本までを一貫して行う出版社が紹介されました。
アメリカでは、カードやポスターなどの活版印刷も多く、活字そのものではなく樹脂版を使った印刷もよく行われているという話がありました。
このときは「アメリカでは樹脂版もよく使われるんだ」と聞いていただけでした。
ところが、この「樹脂版」という言葉が、ツアー終了後に参加した栞づくりの体験で再び登場することになります。
日本に残る活字鋳造|佐々木活字店と築地活字
世界各地の工房を巡ったあと、最後は日本です。
東京の佐々木活字店と、横浜の築地活字が紹介されていました。
ここまで専門的な言葉に何度も戸惑いながら話を聞いてきましたが、日本の工房についての説明は比較的イメージしやすく、すんなりと聞くことができました。
今の時代に新しい書体の活字を作る
築地活字では、新書体「AK Renaissance PJ」の活字を製造したという話がありました。
書体をデザインしたのは小林氏で、活字を作るための型は台湾で制作されたとのこと。
「今の時代に新しい書体を作ることに驚いた」とガイドさんが話すと、参加者の皆さんが大きく頷いていました。
活版印刷についてほとんど知らなかった私は、皆さんと同じように大きく頷けるほど事情を理解していたわけではありません。
それでも、ここまで世界各地の工房の話を聞いてきたことで、活版印刷が主流ではなくなった現在、新しい書体の活字を一から作ること自体が珍しいことなのだろう、ということはなんとなくわかりました。
活字は高さが揃っていなければ印刷できない
佐々木活字店では活字の鋳造を行っていますが、印刷は行っていないため、印刷については宮川印刷所に依頼しているという説明がありました。
佐々木活字店と築地活字では、現在も活字を販売しています。
ここで聞いたのが、活字の「高さ」についての話です。
活版印刷では、文字を並べてひとつの版を作ります。
そのため、一緒に使う活字の高さが揃っていなければ、きれいに印刷することができません。
これは説明を聞いた瞬間、「確かに!」と納得しました。
文字の高さがバラバラなら、紙に同じように当たらないのです。
ところが、活字の高さはどこでもまったく同じというわけではありません。
佐々木活字店ではJIS規格の高さで活字を作っていますが、築地活字の活字はそれより少し高いという説明がありました。
活字がなければ活版印刷はできない。
さらに、ただ活字があればよいのではなく、使用する印刷設備に合った高さのものが必要になります。
企画展の冒頭で、書籍や新聞を作る印刷所だけでなく「活字を作っているところ」も調査対象にしたと聞きましたが、ここまで話を聞いてくると、その理由もよくわかってきました。
もう作れない機械を使い続ける|活版印刷を残すということ
今回紹介された世界各地の工房では、長い年月を経た機械が今も現役で使われています。
しかし、こうした機械の多くは、故障したからといって同じものを新しく購入できるわけではありません。
メンテナンスをしながら使い続け、役目を終えた印刷所などから機械や活字を引き受け、それらを活用することもあるそうです。
そして、活字を作るための型も永久に使えるものではありません。
古い技術を残していくために、必要に応じてデジタル技術を使って型を彫ることもあるという話でした。
古い機械を昔のまま保存しておけば活版印刷を残せる、という単純な話ではないことがわかります。
文字や文化によって違う|世界各地の活版印刷
世界各地の工房を見てきた最後に、活版印刷の広がり方や残り方には、その地域の文字や文化、歴史的な背景が大きく関わっているという話がありました。
例えば中東には、文字を美しく書くカリグラフィーの文化があります。
そのため、ヨーロッパと同じような形で活字が文化のなかに位置づけられてきたわけではないそうです。
一方、活版印刷が早くから発達したヨーロッパでは、技術が主流ではなくなったあとも、古い設備や技術を文化財として守ろうとする考え方があります。
国などの大きな単位だけではなく、町の行政が地域の印刷文化を守っている例もあるとのことでした。
日本では、近代化を進めるなかで活版印刷が広まりました。
その後、新しい印刷技術が登場すると、古い設備から新しいものへと置き換えられていきました。
15世紀のヨーロッパから長い時間をかけて世界へ広がった活版印刷。
今回紹介された工房や施設を見ていくと、同じ技術であっても、その残り方はどこも同じではありませんでした。
使われている文字や言語、宗教、歴史、そして古い技術をどう捉えるか。
それぞれの地域が持つ背景によって、現在の活版印刷の姿も違っていることが印象に残りました。
「パンチ?母型?モノタイプ?」がようやくつながった
こうして世界各地の活版印刷についての解説ツアーは終了しました。
歴史や地域による違いなど、すんなり理解できた話もあれば、専門的な言葉が次々と登場し、よくわからないまま聞いていたところもあります。
「パンチ」「母型」「モノタイプ」「ライノタイプ」……。
ツアーが始まる前には知らなかった言葉ばかりです。
ツアーが終わったあと、企画展の展示をもう一度見て回りました。
そこで改めて目に留まったのが、「活版印刷の工程・母型製造から印刷まで」というパネルです。
実はこのパネル、ツアーが始まる前にも見ています。
企画展のほかの展示と同じようなデザインで、活版印刷の工程が図とともに紹介されていました。
最初に見たときも説明は読んだのですが、「パンチ」「母型」「鋳造」「モノタイプ」など知らない言葉が並び、何がどうつながっているのかよくわかりませんでした。
ところが、ツアーを聞いたあとにもう一度見てみると、そこには先ほどまで何度も耳にしていた言葉が並んでいました。
活版印刷は、大きく見ると原図を作る → 母型を作る → 活字を鋳造する → 版を組む → 印刷するという流れで進んでいきます。
母型を作る方法には、鋼に文字を彫った「パンチ」を真鍮に打ち込む方法や、原図をもとに彫刻機で彫る方法などがあります。
そして、その母型を使って活字を鋳造します。
1本ずつ活字を作る方法だけでなく、ツアー中に何度も登場したモノタイプやライノタイプのように、鋳造と植字を機械化した仕組みもありました。
さらに、作った活字を並べて版を組み、ようやく印刷へ進みます。
「あのとき説明していたのは、ここのことだったのか」
ツアー前にはよくわからなかったパネルが、今度は少し違って見えました。
もちろん、活版印刷の仕組みをすべて理解できたわけではありません。
それでも、ばらばらに聞こえていた「パンチ」「母型」「鋳造」「組版」といった言葉がひとつの流れの中に並び、それまでぼんやりしていたものに少し輪郭ができたように感じました。
卓上活版印刷機「テキン」で栞を印刷
解説ツアーのあとは、実際に卓上活版印刷機を使って栞を作る体験にも参加しました。
使用するのは、「テキン」と呼ばれる卓上活版印刷機です。
栞の台紙には、すでに1階で活版印刷された部分があり、今回の体験ではさらに赤いインキを使って図柄を重ねていきます。
印刷機には赤いインキが広げられた大きな円盤があり、2本のローラーがその上を動いてインキを受け取ります。
ローラーが版の上を通ることでインキが移り、それを繰り返して版にインキをのせたあと、紙を押しつけて印刷します。
ここで使われていたのは金属の活字ではなく、イラストが作られた樹脂版でした。
最初の説明で「これは樹脂版です」と聞いたとき、先ほどのツアーで聞いた話を思い出しました。
アメリカでは樹脂版を使った活版印刷も多いという説明があったからです。
そこでスタッフの方に、「樹脂版はアメリカでよく使われていると聞きましたが、日本でも使うのですか?」と聞いてみました。
日本でも樹脂版は使われていて、このほかに亜鉛版などもあり、どのくらい繰り返して使用するのか、耐久性や費用などによって使い分けるそうです。
ほんの少し前まで「樹脂版」という言葉すら意識していなかったのに、ツアーで聞いたことが実際の印刷体験につながりました。
油性インキなのに、乾くまで2〜3日?
印刷に使われていたのは油性のインキで、完全に乾くまで2〜3日ほどかかるとのことでした。
参加者が少なくなったところで、気になったことをスタッフの方に聞いてみました。
「油性なのに、どうしてそんなに乾くまで時間がかかるのですか?」
すると、使用しているインキには乾燥剤を入れていないという説明がありました。
なぜ乾燥剤を入れないのだろうと思ったのですが、目の前の印刷機を見れば理由は単純でした。
印刷している間、インキは大きな円盤の上に広げられ、そこからローラーへ移されます。
すぐに乾いてしまうインキでは、作業している途中で円盤の上のインキまで乾き、ローラーから版へうまく移せなくなってしまいます。
「確かに!」
乾くのが遅いことにも、印刷機を使ううえでの理由がありました。
企画展ごとに変わる栞のデザイン
スタッフの方からは、この卓上活版印刷機についての話も聞くことができました。
以前、学研の「大人の科学」で小さな印刷機を組み立てられるものがあり、それをきっかけに「本物の機械を使ってみたい」と体験に訪れる方もいるそうです。
目の前にある卓上活版印刷機は、購入した当時で50万円ほどしたとのことでした。
そして完成した栞には、赤いグーテンベルクが地球の上を歩く「Worldwide Kappan」の図柄が入りました。
ツアーが始まるまでは「地球の上を歩いているおじさん」だと思っていた人物です。
最後には自分でそのグーテンベルクを印刷して、栞として持ち帰ることになりました。
栞のデザインは企画展ごとに変わるそうで、スタッフの方から「また違う企画展のときにも来てください」と声をかけていただきました。
活版印刷についてほとんど知らない状態で参加した解説ツアーでしたが、世界各地に残る工房の話を聞き、最後には実際に印刷機を動かしてみることができました。
すべてを理解できたわけではありませんが、「パンチ」「母型」「モノタイプ」など、最初は意味のわからなかった言葉が少しずつつながり、活字を作ってから印刷するまでの流れにも少し輪郭が見えてきました。
























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