2026年7月、真夏の川越を歩いてきました。
少しでも人混みと暑さを避けようと朝7時半前から歩き始めた町は、想像していた賑わいとは違い、静かな空気に包まれていました。
川越氷川神社の風鈴、時の鐘、蔵造りの町並み、川越城本丸御殿、三芳野神社、喜多院へ。
歴史を学ぶというより、その場所を吹き抜ける風や町の静けさ、地元の方との何気ない会話が心に残る散策になりました。
真夏の暑さは想像以上でしたが、その暑さがあったからこそ、風鈴の音や建物を吹き抜ける風の心地よさがより印象深く残りました。
静かな朝の川越を歩きながら出会った景色や空気をお伝えします。
人混みと暑さを避けて、朝7時半の川越へ
数年前から川越にはインバウンドを含め、多くの観光客が訪れていると聞いていました。 私も20代の頃に一度、メインストリートを歩いて時の鐘を見た記憶がぼんやり残っている程度。 あらためて“小江戸”と呼ばれる町並みをゆっくり歩いてみたいと思っていました。
本当はもっと穏やかな季節に訪れるのが理想でしたが、川越氷川神社の風鈴を見てみたく、この7月の暑い時期に訪れることに。 少しでも人混みと暑さを避けようと、朝7時半前に本川越駅へ到着し、氷川神社方面へ向かうバスに乗りました。
本川越駅のバス停や車内は平日の通勤・通学客で混雑していましたが、氷川神社バス停で降りたのは私ひとり。 神社は道路沿いにあり、バス停の目の前という便利な場所です。
誰もいない境内で迎えてくれた風鈴の回廊
一の鳥居をくぐると、二の鳥居までの頭上にはたくさんの風鈴が吊り下げられていました。 「これからどんな景色が待っているのだろう。」 そんな期待が自然と膨らみます。
境内へ入ると、拝殿の横にも風鈴が棚いっぱいに飾られ、さらに鳥居の右手にも色とりどりの風鈴が並んでいました。 そして境内には、掃き掃除をしている社務所の方と私だけ。 どうやら、この日の一番乗りだったようです。
静かに手を合わせたあと、楽しみにしていた風鈴をゆっくり眺めて歩きます。 奥へ進むと左右にも頭上にも無数の風鈴が吊るされた「風鈴の回廊」が広がっていました。 「そうそう、これが見たかった。」 写真で見て憧れていた光景が目の前に広がります。
ただ、この日はほとんど風がありません。 風鈴は静かなままで、聞こえてくるのは自分が砂利を踏みしめる音だけ。 少し残念に思いながら歩いていると、拝殿近くの風鈴だけが、ふわっと吹いた風に揺れ始めました。
チリン――。
ようやく響いた澄んだ音色に思わず足を止めます。 境内の中でも風が通る場所は限られていたようで、その一角だけが優しい音に包まれていました。
ふと見渡すと、境内の奥には大きな鳥居がそびえ立っています。 近寄ってみると、その迫力に思わず見上げてしまいました。 高さ約15メートルの木製明神鳥居は日本最大級の規模で、中央の扁額は勝海舟の直筆によるものだそうです。 鳥居のそばには色とりどりの風ぐるまも飾られていて、風が吹くたびにくるくると回ります。 風鈴の音とはまた違ったかたちで、真夏の風を感じる光景でした。
さらに拝殿の横からは、絵馬がずらりと並ぶ「絵馬回廊」がご神木へと続いていました。 風鈴の回廊が涼やかな印象なら、こちらは願いが幾重にも重なったような力強さを感じます。 氷川会館へ続く回廊には趣ある吊り灯籠が並び、早朝だったこともあってまだ灯りがともっていました。 夕暮れや夜には、きっと幻想的な雰囲気になるのでしょう。
朝だからこそ出会えた、川越氷川神社の風景
しばらくすると、社務所の前に少しずつ人が集まり始めました。 何が始まるのだろうと思って見ていると、1日20体限定で授与される「縁結び玉」の整理券を待つ人たちだったのです。
縁結び玉は、本殿前の白い小石を巫女さんがお清めし、一つひとつ丁寧に包んだお守り。 実物はとても愛らしく、私は金沢の諸江屋の落雁「花うさぎ」を思い出してしまいました。
私が境内を歩いている間に、女性やカップルが次々と訪れ、休憩所で静かに待っている方もいました。 皆さんのお目当ては、この縁結び玉だったのですね。 私は少し離れた場所から、その様子を眺めながら風鈴の景色を楽しんでいました。
さらに境内では、「鯛みくじ」や川越名産のさつまいもを模した「川越いもみくじ」など、ご当地らしいおみくじが並び始めます。 朝の静かな境内が少しずつ賑わいを見せ始め、神社が一日の始まりを迎えていく様子を感じることができました。
静かな蔵の町並みと、思わぬ遠回り
次は、川越まで来たのだから時の鐘を見ようと向かいます。 観光案内所はまだ開いておらず、地図はありません。 頭の中の記憶だけを頼りに歩き始めました。
お店はまだ営業前。 通りには開店準備をするスタッフの方と、私と同じように朝から歩いている一人旅らしき人が数人いるだけでした。
時の鐘は、今も町の中に自然に溶け込んでいます。 江戸を感じさせる姿でありながら古さはなく、どこか粋な雰囲気があります。 さらに蔵造りの町並みへ足を進めると、黒い漆喰の建物が続き、映画のセットの中を歩いているような気分になりました。 江戸の町並みとは、こんなにも洗練された美しさだったのだろうかと見入ってしまいます。
そんな中で目を引いたのが、青銅色のドームを持つ「りそな コエドテラス」。 重厚な蔵造りとはまた違う、大正ロマンを感じさせる建物で、この一角だけ時代が少し変わったような印象を受けました。
建物を眺めながら歩くには最高の時間帯でしたが、9時が近づくにつれ、太陽の勢いはどんどん増していきます。 汗が次々と流れ始め、「次はどこへ向かうんだっけ?」とスマートフォンで地図を確認すると……。
なんと、川越城本丸御殿は川越氷川神社のすぐ近くだったではありませんか。 「この暑さの中、また戻るの?」 そう思いながら、汗だくで来た道を引き返すことになりました。
このときは完全に順番を間違えたと思い、「しくじったなあ……」と心の中で何度もつぶやきながら歩いていました。 けれど帰宅してから振り返ると、本丸御殿の開館時間を考えれば、最初に向かっていてもまだ開いていなかったはず。 結果的には、この順番で正解だったようです。
格式ある空間で感じた、日本家屋の美しさ
汗だくになりながら川越城本丸御殿へ到着すると、その堂々とした建物に思わず足を止めました。 お城というと小高い丘の上に建っているイメージがありましたが、ここは平地。 その分、敷地を広く使った大きな屋敷が目の前に広がっています。
開館して間もない時間だったこともあり、館内はとても静かでした。 川越城本丸御殿は、日本に現存する四つの本丸御殿の一つ。 そんな歴史的な建物とは知らず、「立派な建築を見てみたい」という気持ちだけで訪れた私ですが、一歩足を踏み入れると、その空気に自然と背筋が伸びました。
豪華さを競うような華やかさはありません。 けれど、余計なものを削ぎ落としたような端正な空間には、政務が行われていた場所らしい威厳と格式が感じられます。 歴史の知識がなくても、「ここは特別な場所だったのだろう」と自然に伝わってくる建物でした。
館内を歩いていると、日本家屋ならではの風が廊下を通り抜けていきます。 天然のクーラーのような涼しさではありませんが、子どもの頃に祖父母の家で過ごした夏休みを思い出すような、どこか懐かしい風。 縁側に腰掛けて、その心地よい風をしばらく感じていました。
見学を終えて帰ろうとすると、スタッフの方が「散策マップをお持ちでなければどうぞ」と声を掛けてくださいました。 朝早く観光案内所が開いておらず地図を持たずに歩いていたので、とてもありがたい心遣いでした。
「とおりゃんせ」の歌が生まれた道へ
スタッフの方から、本丸御殿の目の前にある三芳野神社が、わらべ歌「とおりゃんせ」発祥の地と伝えられていること、そして歌の舞台になったとされる道が今も残っていることを教えていただきました。
江戸時代、この神社は川越城内にあり、庶民がお参りできる日は限られていたそうです。 細い道を通り、門番に見咎められながら参拝する様子が、あの歌になったと伝えられています。
ちょうど茅の輪が設置されていたので、案内に従って茅の輪くぐりをしていると、ご近所の方が朝の散歩を兼ねて参拝に来られました。 私は歌碑を見ても、どれが「とおりゃんせ」の道なのか分かりません。
「この参道でしょうか?」
そう尋ねると、「そこじゃなくて、こっちですよ」と教えてくださいました。 案内されたのは、参道よりもさらに目立たない細い道。 思わず「えっ、こちらですか?」と聞き返してしまったほどです。
昔は木々が生い茂り、もっと薄暗い道だったのでしょうか。 歴史とわらべ歌が交差する場所を歩きながら、静かな時間を楽しみました。
暑さに負けそうになって選んだ観光ガイド
喜多院へ到着した頃には、何もしていなくても滝のように汗が流れていました。 境内へ入ると、思っていた以上に広い境内が目の前に広がります。 案内図を見るだけでも、慈恵堂、多宝塔、客殿、書院、庫裡、五百羅漢など見どころがたくさん。
この暑さの中、一人で歩き回るのは少し大変そうだと思い、まずは売店でアイスクリームを買って一休み。 そこで観光ガイドをお願いできることを知りました。
暑さでぼんやり歩くだけになってしまうより、案内していただいた方が、この場所の魅力をしっかり感じられるかもしれない。 そう思い、通常より少し短めの時間でガイドをお願いしました。
山門はちょうど改修工事中でしたが、ガイドさんは山門の外にある神社や喜多院と徳川家との関わりなどを、とても分かりやすく説明してくださいました。 歴史に詳しくない私でも、自然と話に引き込まれていきます。
渡り廊下を吹き抜ける、今日いちばん気持ちのいい風
慈恵堂を拝観した後、客殿や書院へ続く渡り廊下を歩いた瞬間、思わず立ち止まりました。
ここを吹き抜ける風が、この日一番心地よかったのです。
汗がすっと引き、気持ちまで落ち着いていきます。 庭を眺めると、ここは「紅葉山庭園」という名前のとおり、秋には美しい紅葉が広がる場所なのだそうです。
「秋はきっと素晴らしい景色なのでしょうね。」
そう話すと、ガイドさんは「紅葉の時期は本当にきれいですが、大変な混雑になりますよ」と笑顔で教えてくださいました。 いつか季節を変えて、この風を感じながら紅葉を眺めてみたいと思いました。
人間らしさに思わず笑顔になった五百羅漢
最後に案内していただいたのが五百羅漢です。 「羅漢」とは仏道を修める修行者のことですが、ここに並ぶ石像は驚くほど表情豊かでした。
お酒を注いでいるような姿、鼻をほじっているような姿、腰を揉んでもらっているような姿……。 修行中とは思えないほど人間らしく、「こんなに自由でいいの?」と思わず笑ってしまいます。
その中で一体だけ、両手で胸を開いている像がありました。 意味が分からずガイドさんに尋ねると、「私の胸の中には、いつもお釈迦さまがいらっしゃるのです」という教えを表した像なのだそうです。 なるほど、と深く納得しました。
暑いので短めのガイドをお願いしたはずでしたが、興味を持つたびに説明を聞いていたら、結局ほとんど短縮にはなりませんでした。 それだけ見どころが多く、また季節を変えてゆっくり訪れたいと思える場所でした。
静かな朝だから出会えた、もうひとつの川越
ガイドさんと別れ、仙波東照宮を経て本川越駅へ向かいます。 豪華絢爛な東照宮とは違う落ち着いた雰囲気でしたが、繊細な彫刻は見応えがありました。 鐘楼門の彫刻も美しく、もっと近くでじっくり見てみたいと思うほどでした。
朝7時半に歩き始めたからこそ、静かな町並みや地元の方との会話を楽しむことができました。 気がつけばお昼を過ぎ、暑さはすでに限界でした。 本当なら菓子屋横丁を歩き、食べ歩きも楽しみたかったのですが、この日は危険な暑さだったため、ここで切り上げることにしました。
静かな神社で風鈴の音を待ち、歴史ある建物では昔ながらの風を感じ、喜多院では渡り廊下を吹き抜ける風に癒やされた一日。 真夏の川越は想像以上に暑かったものの、その暑さがあったからこそ、風の心地よさや町の静けさがより印象深く残りました。
次は季節を変えて、菓子屋横丁を歩きながら、秋色に染まる川越にも会いに来たいと思います。































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