2026年9月。東京都北区にある国立印刷局東京工場の見学に参加しました。
工場では、実際にお札が印刷されている現場を見ながら、印刷からホログラム、記番号までの製造工程や、徹底した数量管理について説明を聞くことができます。
さらに、1ミリの幅に10本以上の線を彫る工芸官の技術や、3Dホログラムなどの偽造防止技術も紹介され、普段何気なく使っているお札に、職人の手仕事と最新技術の両方が詰まっていることを知りました。
見学後には王子にある「お札と切手の博物館」にも立ち寄り、工場で説明を受けた昔のお札や偽造防止技術を実物の展示で改めて見てきました。
この記事では、国立印刷局東京工場で実際に見た製造工程や展示、見学予約・アクセスについて紹介します。
見学前に手荷物検査|スマホや腕時計はロッカーへ
東京工場に入る際には、入口で手荷物検査を受け、身分証明書を提示します。
見学前にはロッカーが用意されており、今回、工場内に持ち込めたのはメモ帳、ペン、ハンカチなどでした。
スマートフォンや腕時計、飲み物などはロッカーに預けてから見学に向かいます。
最初に工場見学についての注意事項を聞いたあと、約7分間の紹介映像を見ました。
国立印刷局では、日本銀行券(お札)のほか、パスポート、官報、郵便切手、印紙、証明書用の台紙なども取り扱っています。
国立印刷局は全国に6つの工場があり、映像ではそれぞれの仕事について紹介されました。
官報では印刷だけでなく、データ加工やキーワード・日付による検索など、デジタルインフラの整備も担っているそうです。
また、パスポートには世界標準の偽造防止技術に加えて、日本独自の技術も取り入れられているとのこと。
お札にはさまざまな特殊技術が使われ、その精緻さから「アート」と評されることもあるそうです。
映像を見終えると、見学者は2班に分かれます。
私のグループは、先に工場を見学し、そのあと展示コーナーを見る順番でした。
日本の近代紙幣づくりを支えたキヨッソーネ
映像を見たあとは、いよいよ工場見学へ。
最初に案内されたのは、イタリア人彫刻家エドアルド・キヨッソーネの銅像です。
日本が近代的な紙幣づくりを始めるにあたり、キヨッソーネから原版を作るための彫刻技術や、それを量産するための技術を学んだそうです。
高い彫刻技術を持っていたキヨッソーネは、明治天皇の肖像画を描いた人物としても知られています。
近くには、キヨッソーネを日本へ招いた人物の胸像もありました。
1931年に建てられた東京工場の本館
続いて向かったのが、1931年(昭和6年)に建てられた東京工場の本館です。
東京工場の敷地は東京ドーム約1.3個分あるそうで、敷地内を歩きながら見学していきます。
見学できるのは本館の玄関広間ですが、大理石の壁やステンドグラス、鉄製の照明などが残り、アール・デコ調の装飾が施された重厚な空間でした。
玄関広間には、かつて工場内の時計を合わせるために使われていた「親時計」も残されています。
親時計から子時計へ1分ごとに電気信号を送り、工場内の時計を同じ時刻に合わせていたそうです。
現在残っているのは親時計のみとのこと。
大きな時計を見ながら、私は一瞬「大きな古時計」の歌を思い浮かべてしまいました。
朝陽閣の屋根を飾っていた鳳凰像
本館を出て次に見たのは、国立印刷局のシンボルでもある鳳凰の石像です。
この鳳凰像は、1876年(明治9年)に東京・大手町に完成した印刷工場「朝陽閣」の屋根に設置されていたものです。
1923年(大正12年)の関東大震災では朝陽閣も被害を受けましたが、鳳凰像は失われずに残りました。
その経緯には諸説あり、見学では、デッサンのため東京大学へ貸し出されていたことで震災を免れたという話も紹介されました。
その後、東京大学の印刷物に鳳凰像が掲載されたことから印刷局の人が気づき、戻されたという話も伺いました。
傷みが進んでいたため修復され、現在は東京工場に設置されています。
現在、鳳凰は国立印刷局のシンボルマークとなっており、職員の制服にもそのデザインが使われているそうです。
印刷棟へ|すりガラスの向こうにお札の印刷現場
本館や鳳凰像を見たあとは、官報を作る建物や証券類を作る建物の横を通り、お札を印刷している印刷棟へ向かいました。
お札は、紙やインキの製造から印刷まで一貫して国立印刷局で行われています。
そこで、お札に使う紙やインキはどこで作っているのか尋ねてみました。
紙は小田原工場と岡山工場で製造され、インキも国立印刷局で作られており、東京工場では印刷棟とは別の建物で製造しているそうです。
あわせて、東京工場では一万円札と千円札、小田原工場では五千円札を製造していることも教えていただきました。
券種によって製造量が異なるため、このように分担しているとのことでした。
印刷棟に入ると、すぐに独特のインキの匂いを感じました。
はっきりと分かる匂いですが、私はそれほど嫌には感じませんでした。
見学場所は2階にあり、そこから実際にお札を印刷している作業場を見下ろします。
作業場との間にあるガラスは、普段はすりガラスになっていて中を見ることができません。
案内係の方がボタンを押すとガラスが透明になり、その向こうにお札の印刷現場が現れました。
2階から見下ろすと、作業場は大きく4つのエリアに分かれていました。
中央から左手にお札を印刷する工程、その近くにホログラムを施す工程、右手に記番号などを印刷する工程があり、手前には各工程のお札の枚数を確認する場所が設けられています。
作業場を見ながら「クリーンルームではないのですか?」と尋ねてみました。
工場が古いためクリーンルームにはできないそうで、空調の吹き出し口には白い布が取り付けられ、ホコリが落ちないよう工夫されているとのことでした。
お札は裏面から印刷|20面ずつ作られる製造工程
お札を印刷する前には、まず試し刷り用の紙を機械に通し、印刷の状態を確認しながら調整するそうです。
調整が終わってから、お札に使われる用紙で本番の印刷が始まります。
試し刷りに使った紙はそのまま廃棄するのではなく、細かくしたうえで煮て処理されるとのこと。
見学では、実際に処理されたものも見せていただきました。
また、お札は1枚ずつ印刷するのではなく、1枚の大きな紙に20面をまとめて印刷します。
最初に印刷するのは裏面です。
表面には肖像をはじめ多くの情報が入り、凹版印刷による凹凸もあります。先に表面を印刷すると、その凹凸が後の工程でつぶれてしまう可能性があるため、裏面から印刷するそうです。
裏面を印刷すると数量を確認し、続いて表面を印刷して再び確認します。
その後、ホログラムを施して数量を確認し、検査を通った良品に記番号や印章を印刷。そこでも再び数量を確認します。
工程の説明を聞いていて印象に残ったのが、「数量確認」が何度も出てきたことでした。
1枚でも合わなければ帰れない|徹底した数量管理
1枚の紙には20面のお札が印刷され、その紙を500枚集めたものが1ロット。
裏面、表面、ホログラムなど、それぞれの工程を終えるたびに数量を確認し、前の工程から受け取った数量と一致しているかをチェックします。
もし紙詰まりなどで数量が合わなくなれば、詰まった紙の破片まで探して、すべて一致するまで確認するとのこと。
その日の作業を終えるときも数量が合わなければ帰ることができないと聞き、お金を作る工場ならではの厳しい管理だと感じました。
現在のような数量管理が行われる以前は、職員が始業時と終業時に身体検査を受けていた時代もあったそうです。
見学では、かつて男性は裸、女性は襦袢姿になり、約50センチの棒をまたいで身体検査を受けていたという話も紹介されました。
その後、女性職員が増えるなど時代に合わなくなったことから、現在のように各工程で数量を厳密に確認する方法へ変わっていったとのことです。
東京工場は2交代制で、勤務時間は8時から17時までと12時から21時まで。
基本的には暦どおりの稼働ですが、新しいお札が発行された際には土曜日も稼働していたそうです。
今回見学したお札の印刷現場では、約250人が働いているとのことでした。
記番号は良品だけに印刷|旧紙幣と新紙幣の違い
お札には1枚ずつ異なる記番号が印刷されています。
記番号を入れる前に検査を行い、良品と判断されたお札だけに番号を印刷するそうです。
これは記番号に「抜け番」を作らないため。
記番号を印刷したあとの検査で不良が見つかった場合には、その1枚を手作業で印刷することもあると聞きました。
以前のお札の記番号は、先頭と末尾にアルファベット、その間に6桁の数字が入る組み合わせでした。
数字の「1」や「0」と見間違えやすい「I」と「O」は使用されていません。
組み合わせは129億6千万通りありましたが、発行枚数の多い千円札では記番号が一巡することも。
その場合は記番号の色を変え、黒、褐色、紺色とすることで対応していたそうです。
実物も見せてもらいましたが、はっきり別の色というより、見比べて分かる程度の微妙な違いでした。
2024年に発行された新しいお札では、記番号の前後にアルファベットが2文字ずつ使われ、組み合わせは2985億9840万通りに増えました。
これだけあれば、記番号が一巡することはないだろうと予測されているそうです。
この工程では、記番号とともに印章も印刷されます。
お札の表面には日本銀行総裁、裏面には発券局長の印章が入っています。
触る・透かす・傾ける|お札に使われる偽造防止技術
印刷工程の見学では、お札に使われているさまざまな偽造防止技術についても説明を受けました。
現在のお札には、触って分かる深凹版印刷、光に透かして見るすき入れ、傾けると見え方が変わる3Dホログラムやパールインキなど、異なる方法で確認できる技術が組み合わされています。
新しいお札に採用された3Dホログラムは、見る角度を変えると立体的な肖像が回転して見えるもので、銀行券への採用は世界初とのことでした。
また、目の不自由な方がお札の種類を判別できるよう、券種によって位置の異なる識別マークも設けられています。
このほかにも、紫外線を当てると発光する特殊発光インキや、肉眼では分かりにくいほど小さなマイクロ文字など、さまざまな技術が使われています。
このあと展示コーナーでは、本物の千円札を使って「触る」「透かす」「傾ける」と、一つずつ実際に確認することができました。
お札の肖像を手で彫る「工芸官」の技術
工場見学のあとは展示コーナーへ移動しました。
ここで特に印象に残ったのが、お札のデザインや原版の彫刻などを担う専門職員「工芸官」の仕事です。
展示されていたお札の肖像のコンテ画は、近くで見ても写真のような精密さでした。
このコンテ画をもとに、ビュランという特殊な彫刻刀を使い、金属板に点や線を一本ずつ彫って原版を作っていきます。
その細かさは、わずか1ミリの幅に10本以上の線を彫るほど。
細かな線や点によって顔の陰影や質感まで表現していると聞き、これを人の手で彫っていることに驚きました。
工芸官として技術を身につけるまでにも長い年月がかかります。
見学では、刃物を研ぐ技術だけでも約3年、描く技術は約8年、ビュランによる彫刻は約18年かけて習得していくという説明がありました。
お札のデザインが変わるのは、およそ20年に一度。
そのため、十分な技術を身につけた時期と改刷のタイミングが合わなければ、工芸官であっても新しいお札の制作に携わる機会がないこともあるそうです。
一方で、現在のお札には3Dホログラムやコンピューターで作られる細かな模様など、新しい技術も使われています。
長い時間をかけて受け継がれてきた職人の技術と最新技術が、一枚のお札の中で組み合わされていることがとても印象に残りました。
山田羽書から現在のお札へ|展示で知った紙幣の歴史
展示コーナーでは、現在のお札だけでなく、日本の紙幣の歴史についても紹介されていました。
日本で最初の紙幣とされているのが、江戸時代初期に伊勢の山田地方で発行された「山田羽書」です。
伊勢神宮の門前町で流通していたもので、縦長の形をしており、その後各地で発行された藩札にも影響を与えたそうです。
明治時代になると通貨単位が「両」から「円」へ変わりますが、当時の日本には近代的なお札を作る技術がなく、海外で印刷したお札を使用していた時期がありました。
そこで日本に招かれたのが、工場見学の最初に胸像を見たイタリア人のキヨッソーネです。
彫刻や製版などの技術を学び、1877年(明治10年)には国産の近代的な紙幣が作られるようになりました。
さらに1885年(明治18年)には、図柄に大黒天が描かれたことから「大黒札」と呼ばれるお札が発行されました。
このお札には偽造を防ぐため青色のインキが使われていましたが、温泉地などで硫化水素に触れると変色するという問題があったそうです。
また、紙を丈夫にするためにコンニャク粉を混ぜたところ、虫やネズミの被害を受けることもあったという話には驚きました。
このほかにも、約13センチ×21センチもある大きな「めがね100円札」など、時代ごとのさまざまなお札が紹介されていました。
本物の千円札で偽造防止技術を確認
展示コーナーでは、ガイドの方から見学者に本物の千円札が1枚ずつ配られ、偽造防止技術を実際に確認しました。
本物のお札が配られると、「ありがとうございます!」と冗談を言う人も。
するとガイドの方から、「あとで回収します。数量確認が大事ですから確認しますので」と返ってきました。
つい先ほど工場で、各工程で何度も数量を確認し、1枚でも合わなければ徹底して探すという話を聞いたばかり。
ここでも「数量確認」が登場し、思わず笑ってしまいました。
千円札は、まず指で触って凹版印刷によるざらつきを確認。
次に光に透かして、肖像などのすき入れを見ます。
さらにお札を傾けると、3Dホログラムの肖像の見え方が変わり、パールインキによる光沢も確認できました。
展示されている機器を使うと、肉眼では見つけにくいマイクロ文字や、紫外線を当てることで発光する特殊なインキなども見ることができます。
見学を終えたあとは、廊下の一角に国立印刷局のグッズなどを販売するコーナーがありました。
机の上に商品が並べられており、支払いは現金のみでした。
見学後は王子の「お札と切手の博物館」へ
東京工場の見学を終えたあと、王子にある国立印刷局の「お札と切手の博物館」にも立ち寄りました。
東京工場の展示コーナーでは見学時間が決まっていますが、こちらは自分のペースで展示を見ることができます。
工場で説明を受けたばかりだったこともあり、もう一度確認しながらゆっくり見てみることにしました。
特によかったのが、工場では写真やパネルで紹介されていた昔のお札を、実物で見ることができたことです。
先ほど説明を聞いた山田羽書をはじめ、各地で発行されたさまざまな藩札、大黒札なども展示されています。
藩札にも偽造を防ぐための工夫が施されており、時代ごとの偽造防止技術を見ることができました。
展示されている映像やパネルには、東京工場で聞いた内容をさらに詳しく紹介しているものもありました。
お札の紙にはミツマタが使われていますが、国内の生産者が減少し、現在は海外からも調達しているそうです。
お札は日常的に手で扱われ、折り曲げられたり機械を通ったりするため、紙にも丈夫さが求められます。
映像では、原料となるミツマタを細かく刻み、さらに細かくして紙の原料にしていく様子も見ることができました。
世界各国のお札を比較できる展示もあり、見比べてみると、日本のお札のすき入れはとても細かいと感じました。
光を当ててすき入れを確認できる展示もあり、工場で聞いた技術を自分の目で改めて確かめることができます。
博物館には、このほかにも日本の紙幣の歴史や偽造防止技術について詳しく紹介する展示があり、郵便切手についても歴史やデザイン、製造方法など幅広く展示されています。
今回は東京工場で聞いた内容をもう少し見てみたかったため、お札の展示を中心に見学しました。
国立印刷局東京工場の見学予約・アクセス
国立印刷局東京工場の見学は事前予約制です。
見学日は原則として毎週火曜日と木曜日で、10時からと13時40分からの1日2回。所要時間は約90分、見学料金は無料です。
予約はインターネットから受け付けており、希望日の2か月前の月の初営業日9時から、見学日の2週間前まで申し込むことができます。
見学者全員の氏名、年齢、住所の登録が必要です。
当日は受付で身分証明書の確認と手荷物検査があります。
本人確認があるため、身分証明書を忘れずに持参しましょう。
東京工場の住所は、東京都北区西ケ原2-3-15です。
- 東京メトロ南北線「西ケ原駅」1番出口から徒歩約1分
- JR京浜東北線「上中里駅」から徒歩約10分
見学者の入口は「南門」です。
JR線路沿いにある「東門」からは入場できないため、上中里駅から歩く場合は特に注意が必要です。
自家用車やバイク、自転車での来場はできません。
見学日や予約方法などは変更される場合があるため、申し込み前に国立印刷局の公式サイトで最新情報をご確認ください。












🏛 お金の仕組みを知る社会科見学
国立印刷局で製造されたお札は、日本銀行を経て金融機関へと送り出されます。
お札が世の中へ出ていく仕組みや、金融市場の役割について見学した記録も、あわせてどうぞ。


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