日本銀行本店を見学|地下金庫・旧営業場と日銀の仕事を知る見学ツアー

日本銀行本店本館の外観 大人の社会科見学

2026年9月。東京都中央区日本橋本石町にある日本銀行本店の見学ツアーに参加しました。

日本銀行本店の本館は、1896年(明治29年)に完成した建物で、設計を手がけたのは東京駅の設計でも知られる辰野金吾です。 見学ツアーでは、本館の内部を歩きながら、日本銀行の仕事や建物の歴史、地下金庫などを約1時間かけて見学します。

実際に参加してみると、巨大な金庫扉だけでなく、銀行券が日本銀行に戻ってきたあとに行われる「鑑査」や災害時の対応、建物に残る現金搬送の痕跡など、普段はなかなか知る機会のない話を聞くことができました。

この記事では、実際の見学順に沿って、日本銀行本店の内部やツアーで案内された内容を紹介します。


日本銀行本店の見学へ|受付から館内に入るまで

見学当日は、予約した時間に合わせて日本銀行本店へ向かいました。 見学者はすぐに敷地内へ入るのではなく、まず指定された場所で受付開始を待ちます。

受付では予約番号を確認し、敷地内へ入ります。
中庭の入り口で本人確認書類を提示し、見学者用のバッジを受け取ります。

このあと建物内へ入る前に少し時間があり、中庭では写真を撮ることができました。 目の前に見えるのが、辰野金吾が設計した日本銀行本店の本館です。

館内へ入る際にはセキュリティチェックがあり、手荷物はロッカーへ。 見学中に必要なものだけを持って、ツアーが始まります。

映像で知る日本銀行の3つの重要な役割

見学の最初は、約5分の映像を見ながら日本銀行の仕事について説明を受けました。

映像で紹介された日本銀行の主な3つの重要な役割は、「日本銀行券の発行」「物価の安定」「金融システムの安定」です。

日本銀行券は国立印刷局で製造され、日本銀行の金庫に保管されたあと、金融機関などを通じて世の中へ送り出されます。

使われたお札は金融機関を通じて再び日本銀行へ戻り、枚数や真偽、汚れや傷みの程度などを確認する「鑑査」が行われます。
再び使えるものは世の中へ戻り、流通に適さないものは裁断されます。

また、日本銀行では金融政策を通じて物価の安定を図るとともに、金融機関を通したお金のやり取りを支えるなど、金融システムの安定にも取り組んでいます。

たとえば、A銀行の口座からB銀行の口座へ振り込みをするとき、A銀行とB銀行が直接現金をやり取りしているわけではありません。
それぞれの金融機関が日本銀行に持つ当座預金口座を通じて、資金の決済が行われています。

映像では「A銀行からB銀行へ直接」という図に×印がつき、日本銀行にあるそれぞれの口座を通じて資金が移動する仕組みが紹介されました。

さらに、税金や年金などの国のお金を扱う「政府の銀行」としての役割や、国庫金に関する事務についても紹介されました。

ここで説明された「鑑査」については、このあと地下金庫の見学で、かつて使われていた銀行券の自動鑑査機を実際に見ることになります。

歴代総裁の肖像画が並ぶ旧役員フロアへ

映像を見たあとは、本館2階へ移動します。 ここはかつて役員室などが置かれていたフロアで、旧役員室や廊下には歴代の日本銀行総裁の肖像画や写真が並んでいました。

日本銀行が開業した1882年(明治15年)、職員は初代総裁の吉原重俊を含め55人だったそうです。

歴代総裁の中で説明があった一人が、第7代総裁の高橋是清です。
高橋是清は、かつて発行されていた50円札の肖像にも採用され、日本銀行総裁のほか、大蔵大臣や内閣総理大臣も務めました。

この50円札は現在も有効で、そのまま50円として使うことができます。 ただ、お店などで受け取ってもらえない場合には日本銀行へ持ち込むことができ、50円玉と交換してもらえるとの説明もありました。

第16代総裁の渋沢敬三は、新一万円札の肖像となった渋沢栄一の孫です。
並んでいる肖像画の中で、渋沢敬三だけは屋外を背景に描かれていました。

総裁を務めたのが戦時中から戦後にかけての時期だったためで、背景に描かれているのは、空襲によって焼け野原となった日本橋の街並みとの説明がありました。 ほかの肖像画とは明らかに雰囲気が異なり、背景にも当時の状況が残されています。

歴代総裁は、第26代までは肖像画ですが、第27代からは写真に変わっています。

拍子木から八角室へ|日本銀行の歴史と本館建築

歴代総裁の肖像画を見たあと、次の展示スペースへ移動します。 ここでは、かつて館内で使われていた拍子木について説明がありました。

日本銀行では1969年(昭和44年)まで、チャイムの代わりに拍子木が使われていたそうです。
始業時には3回、終業時には「おしまい」の4回。 見学の最後にも、この拍子木が鳴らされるとのことでした。

続いて「八角室」へ移動します。 ここには約90年前の日本銀行本店の姿を再現した模型があり、模型を見ながら建物の変遷について説明を受けました。

1896年(明治29年)に本館が完成したあと、業務の拡大に伴って1号館、2号館、3号館が増設されました。 模型には、本館の周囲にこれらの建物が並んでいた当時の本店の姿が再現されています。

その後、1号館と2号館の一部は取り壊され、その場所に現在の新館が建てられました。 約90年前の模型と現在の本店では、建物の配置も大きく変わっています。

本館を設計したのは、東京駅の設計でも知られる辰野金吾です。 上空から見ると建物の形が「円」の字のように見えることでも知られています。

ただし、設計された当時に使われていた漢字は旧字体の「圓」。 そのため、「円」の形になるよう意図して設計したものなのか、偶然そう見えるのかは分からないとの説明でした。

模型が展示されている八角室そのものも、本館の見どころのひとつです。 2階から3階まで吹き抜けになっていて、3階部分には回廊が設けられています。 床から上部のドームまでは約13メートルあります。

上部には窓があり、そこから入った自然光が八角室まで届くように造られていました。 電気照明が現在ほど普及していなかった時代に、自然光を館内へ取り入れるための工夫です。

八角室は、かつて重役会議などにも使われ、時期によっては総裁室として使用されたこともあったそうです。

このエリアでは約10分間の自由見学時間があり、日本銀行の歴史や仕事、建物についての展示を見ることができました。 ただ、展示されている情報量が多く、すべてをじっくり読むには10分ではかなり慌ただしく感じました。

新館の地下から見る本館の基礎と免震構造

本店の建物の変遷について説明を聞いたあと、現在の新館へ移動し、エレベーターで地下へ降ります。

地下では、1896年(明治29年)に完成した本館を支える基礎部分を見ることができます。 本館は鉄筋や鉄骨を使った柱や壁ではなく、外壁の石と内側の煉瓦を積み上げて造られ、その建物全体が厚さ約2.6メートルの分厚いコンクリートの土台の上に載っています。

見学では、この創建当時のコンクリートを間近で見ることができました。 現在のようなコンクリートミキサーがなかった時代に造られたため、表面には凹凸が残っているとの説明がありました。

本館の免震化では、この分厚いコンクリートの土台の下を掘り下げ、そこに新たな土台と免震装置を設置する方法が採られました。 建物そのものに大きく手を加えるのではなく、本館を土台ごと下から支えて免震化しています。

見学時の説明では、地下に設置された免震装置は108基。 これらの装置で、総重量約7万5千トンの本館を支えています。

地下金庫へ|3つの金庫扉と現金を運んだレール

本館を支える地下構造を見たあと、見学は本館地下の金庫へと続きます。

ここでは、かつて実際に使われていた金庫の扉や、現金を運んでいた当時の設備を見ることができます。

本館が銀行として使われていた当時、現金は中庭から建物内へ運び込まれていました。 中庭側に設けられた貨物用エレベーターで地下へ下ろし、そこから地下通路を通って金庫まで運んでいたそうです。

地下の床には、現金を載せたトロッコを走らせるために使われたレールが残っています。 金庫の前ではレールが交差しており、トロッコの向きを変えるためのターンテーブルも使われていました。

地下金庫で見ることができるのが、製造された国や時代の異なる3つの金庫扉です。

最初に見るのはアメリカ製の金庫扉。 続いてイギリス製、さらに日本製の金庫扉へと進みます。

イギリス製の金庫扉は、本館を設計した辰野金吾が西洋の新しい技術を日本に広めるために輸入したものです。 その扉を参考に、日本の会社でも同様の金庫扉が製造されました。

日本製の扉は山田金庫製で、扉の厚さは100ミリ。 扉には菊の紋章も残っていました。

金庫内部の壁や天井には白いタイルのように見える白色釉薬煉瓦が使われています。 表面に釉薬を施すことで水を通しにくくする工夫がされていました。

天井はアーチ状になっており、金庫内部にも創建当時の建築の特徴が残されています。

世界初のお札の自動鑑査機と「お札の一生」

地下金庫には、日本銀行で使われていた銀行券の自動鑑査機も展示されています。

見学の最初に見た映像では、金融機関から日本銀行へ戻ってきたお札について、真偽や枚数、汚れや傷みの程度などを確認する「鑑査」が行われると説明がありました。

この作業はかつて人の手で行われていましたが、日本銀行では鑑査を機械化するための自動鑑査機を開発。 展示されている「銀行券自動鑑査機 BN-1」は、1969年(昭和44年)に実験が始まった世界初の銀行券自動鑑査機です。

当時の機械で、1分間に480枚以上のお札を処理することができたそうです。 その後も改良が重ねられ、現在では日本銀行に戻ってきたお札の処理の多くが機械化・自動化されています。

国立印刷局で製造されたお札は、日本銀行から金融機関を通じて世の中へ送り出され、再び金融機関から日本銀行へ戻ってきます。 鑑査の結果、再び使用できるお札は世の中へ戻り、傷みが進んで流通に適さなくなったものは細かく裁断されます。

同じエリアには、1億円の模擬券を積み上げた1,000億円分の展示や、2億円分の銀行券を入れる容器のサンプルもありました。 1,000億円の展示は記念撮影をする人で賑わっていましたが、自動鑑査機の前は意外なほど静かでした。

災害時の日本銀行の役割を知る

見学では、大きな災害が発生したときの日本銀行の対応についても説明がありました。

阪神・淡路大震災では、日本銀行神戸支店が現金を供給する体制を早期に整えたほか、被災した金融機関に臨時窓口を提供し、損傷したお金の引き換えなどを行いました。

東日本大震災では、地震や津波によって汚れたり傷んだ現金の引き換え依頼が急増。 被災した状態のまま持ち込まれた現金を、洗浄・乾燥・選別しながら一件ずつ確認する作業が行われたそうです。

普段は金融機関を通じてお札を供給したり、戻ってきたお札を鑑査したりしている日本銀行ですが、災害時にも現金を使い続けられるよう、こうした対応が行われています。

旧営業場を見学|拍子木4回で見学終了

地下の見学を終えると、本館1階へ移動し、かつて営業場として使われていたエリアを見学します。

正面玄関から入った先には、2階で見学した八角室の下にあたる八角形の空間があり、その左右には「客溜」と呼ばれる空間が設けられていました。 ここは銀行を訪れた人が待つための場所で、周囲には営業局や国債局、出納局などの窓口が置かれていました。

客溜は2階までの吹き抜けになっています。 上部にはガラス天井があり、さらにその上の屋根にもガラスが使われ、自然光を営業場へ取り入れる造りになっていました。

現在は、明治時代の本店で職員が働いていた様子を紹介する展示などがあり、当時ここが実際に銀行の営業場として使われていたことを知ることができます。

ここでは数分間の自由見学時間があり、館内を見たり写真を撮ったりしていると、拍子木の音が4回響きました。

見学の途中で教えてもらった、終業を知らせる「おしまい」の4回です。
現在は業務で使われていませんが、見学ツアーの終了を知らせる合図として、最後に実際の音を聞くことができました。

これで約1時間の見学ツアーは終了です。 ロビーで見学者用のバッジを返却し、偽造防止技術などを紹介したパンフレットと、使用できなくなった銀行券を細かく裁断したものをいただきました。

その後、ロッカーに預けていた荷物を受け取ります。ロッカーのある場所には売店があり、見学終了時には営業していました。

日本銀行本店の見学情報

日本銀行本店の見学は事前予約制で、見学は無料です。 国の重要文化財に指定されている本館の地下金庫や旧営業場、展示室などを、ガイドの解説を聞きながら約1時間かけて見学します。

見学日は月曜日から金曜日までで、土日・祝日と年末年始は通常の見学は行われていません。 見学時間は9時30分、11時、15時15分からのほか、火曜日と木曜日には13時45分からの回も設定されています。 各回の定員は22名で、先着順です。

予約は日本銀行の本店見学予約サイトから行います。 見学希望日の90日前の10時から、原則として5日前まで申し込むことができます。

当日は見学開始15分前から受付が始まります。 見学者の入口は日本銀行本店の西門です。 予約IDを確認できる予約完了メールと、登録した氏名を確認できる所定の身分証明書の原本を忘れずに持参します。

入館時には金属探知機による検査と手荷物のX線検査があります。 館内ではロッカーを利用できますが、大きな荷物の持ち込みはできません。

見学中の写真撮影は、指定された撮影スポットのみ可能です。 動画撮影と録音は禁止されています。 また、見学では階段を含めて館内を歩いて移動します。

日本銀行本店は、東京メトロ三越前駅やJR神田駅、東京駅などから徒歩でアクセスできます。 見学者用の駐車場はありません。

見学日時や予約方法などは変更される場合があるため、申し込み前に日本銀行の本店見学案内で最新情報を確認してください。

日本銀行本店本館の正面玄関
中庭から見た日本銀行本店本館の正面玄関。
日本銀行本店地下金庫の日本製金庫扉
地下金庫に残る日本製の金庫扉。山田金庫製で、扉の厚さは100ミリあります。
日本製金庫扉に残る菊の紋章
日本製の金庫扉に残る菊の紋章。
日本銀行本店地下金庫の扉と床に残るレール
金庫扉の前から内部へと続く床のレール。かつて現金を載せたトロッコを走らせるために使われていました。
日本銀行本店のアメリカ製金庫扉を紹介する展示パネル
アメリカ製の金庫扉を紹介する展示。扉は約15トン、扉を支える部分は約10トンあり、合わせて約25トン。かつては手動で開閉していましたが、現在は開いた状態になっています。
日本銀行の銀行券自動鑑査機BN-1
1969年に実験が始まった銀行券自動鑑査機「BN-1」。1分間に480枚以上を処理できたそうです。
日本銀行本店の正面玄関を入った1階部分
正面玄関を入った1階部分。壁面の角度から、建物中央部が八角形になっていることが分かります。
日本銀行本店の旧営業場と客溜
かつて銀行を訪れた人が待っていた「客溜」。2階までの吹き抜けになっています。
日本銀行本店旧営業場のガラス天井
客溜の上部にあるガラス天井。屋根にもガラスを使い、自然光を取り入れる造りになっていました。
日本銀行本店の明治時代の執務風景を紹介する展示
かつて営業場として使われていた場所には、明治時代の本店の執務風景を紹介する展示もあります。

🏛 お金の仕組みを知る社会科見学

日本銀行のほかにも、お札や貨幣がつくられる現場や、金融市場の仕組みを見学できる施設があります。
お金にまつわる仕組みを知る見学記録も、あわせてどうぞ。

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