田端の赤紙仁王尊に参拝|東覚寺と田端八幡神社を巡る

東覚寺の赤紙仁王尊|赤紙に覆われた一対の仁王像と護摩堂 東京

2026年10月31日に東京都北区田端にある東覚寺を訪れ、赤紙仁王尊に参拝しました。全身に赤い紙が貼られた一対の仁王像は、病気平癒を願う人々の信仰を集めています。

今回は実際に赤紙を貼ってお参りしたあと、隣接する田端八幡神社へ。かつて仁王像が神社の参道入口に立っていたという歴史をたどりながら、両寺社を巡りました。


東覚寺の赤紙仁王尊|赤紙に覆われた一対の仁王像

東覚寺の山門近くにある護摩堂の前には、全身に赤い紙が貼られた一対の仁王像が立っています。

赤紙仁王尊と呼ばれるこの石造金剛力士立像は、寛永18年(1641年)に道如宗海上人によって建立されたものです。現在は北区指定有形民俗文化財となっています。

向かって右側が口を開いた阿形像、左側が口を閉じた吽形像です。赤紙が何重にも貼られているため、石像の細かな彫刻は見えにくくなっています。

訪問時には、左右の仁王像で赤紙の重なり方がかなり違っていました。

腰の回復を願って赤紙を貼る

赤紙仁王尊には、病気平癒を願い、自分の患部と同じ場所に赤紙を貼って祈願する習慣があります。

東覚寺の山門をくぐって左手に進み、寺務所で赤紙と線香をいただきました。その際、お寺の方から参拝方法を教えていただきました。赤紙は2枚、線香は2本で、阿形像と吽形像それぞれの同じ部位に赤紙を1枚ずつ貼るとのことでした。

両方の仁王像の同じ場所に赤紙を貼ると聞き、左右で赤紙の重なり方が違う理由を尋ねてみました。お寺の方によると、最近の風雨で赤紙が剥がれ、以前ほど厚く重なっていないとのことでした。

線香は火をつけた状態で渡していただけたので、自分で火をつける必要はありませんでした。ライターなどを持ち歩いていなかったため、ありがたい対応でした。

私はぎっくり腰を経験し、訪問時もリハビリ中だったため、腰の回復を願って参拝しました。教えていただいたとおり、阿形像と吽形像のそれぞれ腰の部分に赤紙を貼り、手を合わせました。

東覚寺の公式案内によると、赤紙を貼る信仰には、仁王像に病気の身代わりになってもらうという意味が込められています。

願いがかなうと草鞋を奉納|東覚寺の境内

護摩堂の右手前には、多数の草鞋が掛けられていました。赤紙仁王尊には、病気平癒などの願いがかなった際に草鞋を奉納する習慣があり、大小さまざまな草鞋が幾重にも重なっていました。

赤紙仁王尊の信仰は江戸時代から続くものですが、北区教育委員会の説明板によると、現在のように赤紙を貼る習慣が発達したのは明治時代と考えられています。

赤紙仁王尊への参拝を終え、改めて東覚寺の境内を見て回りました。

境内の奥には本堂があり、その前には大日如来像などが安置されています。赤紙仁王尊の周囲とは異なり、木々や石仏が配された落ち着いた境内でした。

田端八幡神社へ|赤紙仁王尊が立っていた参道

東覚寺に続いて、隣接する田端八幡神社を参拝しました。

田端八幡神社は、文治5年(1189年)、源頼朝が奥州征伐から凱旋した際に鶴岡八幡宮を勧請して創建したと伝えられています。江戸時代には田端村の鎮守として信仰され、東覚寺が別当寺を務めていました。

現在、東覚寺にある赤紙仁王尊は、もともと田端八幡神社の参道入口に立っていました。しかし、明治元年(1868年)の神仏分離を機に東覚寺の九品仏堂前へ移され、その後、現在の場所に安置されるようになりました。

神社の参道を歩くと、入口からしばらく進んだところに石鳥居があります。一般的な神社のように、参道の入口に鳥居が立っていないことが気になりました。

調べてみると、かつてこの参道には谷田川に架かる石橋があったことがわかりました。谷田川は昭和初期に暗渠となりましたが、参道には石橋の名残が残されています。

参道脇には、淡い緑色や青色、朱色など、色の異なる扉が並ぶ建物もありました。建物には田端宮元自治会などの表示が見られ、現在も地域と関わりの深い場所であることがわかります。

石段の先にある田端八幡神社の社殿と境内

石鳥居を抜けると、木々に囲まれた参道が続き、その先にもう一つの石鳥居と石段が現れます。

石段を上った高台には社殿があり、正面には一対の狛犬が置かれています。社殿は火災などによる焼失と再建を経て、現在の姿になりました。

境内には、田端富士三峯講が奉祀する富士浅間社と三峯社があります。

緑青色の鳥居の周囲には岩が積まれた富士塚がありました。登ることもできるようですが、足元に不安を感じたため、今回は登らずに見学しました。

北区教育委員会の説明によると、富士浅間社では毎年2月20日に「富士講の初拝み」と呼ばれる祭事が行われています。

また、近くには朱色の鳥居が立つ稲荷社もあり、鳥居の奥には狐の像が置かれていました。

参拝を終えて石段の上から振り返ると、木々の間を抜ける参道が見渡せました。かつては東覚寺の赤紙仁王尊が立つ場所から、この高台の社殿へと参道が続いていたことになります。

東覚寺の赤紙仁王尊参拝でいただいた赤紙2枚と火のついた線香2本
赤紙2枚と、火をつけた状態で渡していただいた線香2本
東覚寺の赤紙仁王尊に病気平癒のお礼として奉納された草鞋
願いがかなった際に奉納される草鞋
東京都北区田端にある東覚寺の山門
東覚寺の本堂と境内
東覚寺本堂前の大日如来像と石仏
田端八幡神社の石鳥居と参道
田端八幡神社の社殿へ続く石段と石鳥居
田端八幡神社の社殿と一対の狛犬
田端八幡神社の境内にある稲荷社の朱色の鳥居と狐の像
田端八幡神社の富士浅間社・三峯社付近の緑青色の鳥居と富士塚
富士浅間社・三峯社の一角にある富士塚
田端八幡神社の富士浅間社・三峯社付近の緑青色の鳥居と稲荷社の赤い鳥居

⛩️ 同じ日に訪れた神社

同じ日に訪れた駒込富士神社では、境内の富士塚に登りました。富士塚の様子や参拝体験を別の記事で紹介しています。

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