雪国の記憶を映す水鏡――清津峡『Tunnel of Light』

アートと文化

黒部峡谷・大杉谷と並び「日本三大峡谷」に数えられる清津峡。V字に切り立つ岩壁と清流がつくり出す雄大な景観は、国の名勝・天然記念物にも指定されています。冬の一日、越後湯沢からシャトルバスで訪れた清津峡は、雪に包まれた静寂の中に、現代アートが光を放つ場所でした。


越後湯沢から、冬の峡谷へ

清津峡は車でしか行けないと思い込んでいたのですが、期間限定で越後湯沢駅からシャトルバスが出ていることを知り、急遽日程をやり繰りして出かけることにしました。
上越新幹線がトンネルを抜けると、まるで川端康成の小説のように「そこは雪国だった」という光景が広がります。とはいえ、この年は雪が少なく、越後湯沢駅前にはほとんど雪が見当たりません。スキー客でにぎわう駅前を抜け、シャトルバス乗り場に並びました。

バスに揺られて着いた清津峡も、思ったより雪が少なく、歩きやすい反面、せっかくならもう少し銀世界を見たかったなと思いつつ、トンネルの入口へと向かいます。

光と音が導く「Tunnel of Light」

清津峡渓谷トンネルは、もともと落石事故をきっかけに整備された安全な観光ルートでしたが、2018年「大地の芸術祭」を機にアート作品《Tunnel of Light》として生まれ変わりました。全長750メートルのトンネルは外界から遮断された潜水艦をイメージしており、途中の見晴らし所や終点のパノラマステーションが「外を望む潜望鏡」として設計されています。

終点の水鏡の空間では、床に張られた水が峡谷の光と人の姿を映し出し、幻想的な世界をつくり出していました。多くの人がその一瞬を撮影しようと順番を待っていますが、レンズ越しだけでなく、静かに立ち止まって眺めていると、光と水と音が織りなす“冬の静けさ”が心に沁みてきます。

安全と祈りが生んだトンネル

解説パネルを読むと、ここがもともと遊歩道の代替として造られたことを知りました。かつては峡谷沿いを歩ける遊歩道が整備されていましたが、落石事故によって死傷者が出る大惨事となり、通行は禁止に。
「せめて清津峡の美しさだけでも見たい」という多くの声を受け、4年間の閉鎖を経て新たにトンネルが建設されたのだそうです。安全に配慮しつつ、国立公園の景観を損なわない工夫が施されたこのトンネルは、1996年に完成し、再び清津峡を人々に開くことになりました。

華やかなアートの裏に、事故の記憶と、自然と共に生きるための祈りのような思いが重なっている――そう思うと、この場所がただの「映えスポット」ではないことを感じずにはいられません。
静かな冬の峡谷で、光のトンネルを歩きながら、今に至るまでの人々の思いをそっと噛み締めました。
清津峡を後にして再び越後湯沢駅へ戻り、ロープウェイで湯沢高原へ。
ゴンドラを降り立つと、そこは一面まぶしいほどの白銀の世界が広がっていました。
雪のきらめきを胸に刻みながら、名残惜しくも冬の越後湯沢を後にしました。

訪問日:2024年2月13日(火)

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