冬のみぞれ混じりの雨の中で歩いた、彫刻の町・井波。
いつかもう一度ゆっくり歩きたいと思っていた町を、今度は真夏の青空の下で再訪しました。
八日町通りでは町のあちこちにある木彫りを探し、瑞泉寺では井波彫刻の迫力を間近に見学。
さらに職人さんの工房で木を削る音を聞き、最後には木彫りの制作で出た楠の切屑から漂う樟脳の香りまで持ち帰る、思いがけず五感に残る町歩きとなりました。
雨とみぞれの井波から、真夏の井波へ
以前、庄川峡の遊覧船を訪れた帰りに立ち寄った井波。
その日はみぞれ混じりの冷たい雨が降り、八日町通りには観光客の姿もなく、町はしんと静まり返っていました。
彫刻の町として知られる井波を訪れたものの、天候も悪く、十分に歩けないまま散策を終えることに。
次に来るなら、もう少し暖かい季節にゆっくり歩いてみたい――そんな思いがずっと残っていました。
そして今回、あのときの忘れ物を取りに行くような気持ちで、井波を再訪しました。
金沢駅を8時20分に出発するバスに乗り、井波に到着したのは9時45分ごろ。
前回とは打って変わって青空が広がっていますが、「もう少し暖かい季節」をずいぶん通り越して、外は真夏の厳しい暑さです。
まずはバスの終点まで乗り、前回も訪れた旧井波駅舎へ向かいました。
旧井波駅舎に残っていた、駅だった頃の名残
旧井波駅舎は、かつて加越能鉄道加越線の井波駅として使われていた建物です。
1915年(大正4年)8月15日に開業し、1972年(昭和47年)9月16日の加越線廃止とともに駅としての役目を終えました。
前回訪れたときは雪も残っていて、駅舎の外観を写真に収めただけ。
今回は建物のまわりをぐるっと歩いてみると、裏手にはかつてのホーム跡が残っていました。
駅舎だけを見ていた前回とは違い、ホームの位置や線路が延びていた方向を眺めていると、ここに列車が発着していた頃の姿が少し想像できるような気がします。
ひと通り見終えたところで、ちょうど井波に到着してから15分ほど。
先ほど乗ってきたバスが金沢駅行きとなって折り返してくる時間です。
この日の暑さを考えると、歩ける距離でも体力はできるだけ温存しておきたいところ。
そこで再びバスに乗り、わずか1停留所先の井波交通広場まで移動しました。
短い距離ですが、使えるバスはありがたく利用。
ここから、真夏の井波の町歩きを始めます。
晴れた八日町通りを、もう一度歩く
井波交通広場から、瑞泉寺へと続く八日町通りへ向かいます。
前回は冬のみぞれ混じりの雨。観光客の姿もなく、通りはしんと静まり返っていました。
暗い空の下に続く町並みにはしっとりとした趣がありましたが、今回は青空の下。ちらほらと観光客の姿もあり、建物の様子もよく見えて、同じ通りなのにずいぶん印象が違います。
前回も七福神や神様、聖徳太子などの木彫りを見ながら歩きましたが、今回は井波交通広場の観光案内所でもらった「木彫りねこ探しマップ」も手に歩いてみることにしました。
さらに、家のご主人の干支をかたどった木彫りが表札になっていると教えてもらい、今度は家々の表札まで気になります。
普通に歩いていたら通り過ぎてしまいそうなところにも木彫りがあり、探し始めると次々と目に入ってきます。
なかでも面白かったのが、町のあちこちに隠れている木彫りの猫。
新聞を手にした猫がいると思ったら、そこは新聞屋さん。壺の中で気持ちよさそうに眠っている猫がいたのは旅館の前でした。
お店に合わせた猫が置かれているのも楽しく、つい次の一匹を探したくなります。
一方で、お店の看板に目を向けると、龍や鳳凰などを大きく彫り上げた、美術作品のような木彫りもあります。
瑞泉寺まで続く古い町並みを眺めるだけでも趣がありますが、その中に神様がいたり、猫が隠れていたり、干支が表札になっていたり。
歩いているうちに、「彫刻の町・井波」という言葉が、前回よりもずっと身近に感じられるようになってきました。
木製風鈴の音と、静かな職人の工房
八日町通りを歩いていると、カタカタ、カランコロンと、どこからか軽やかな音が聞こえてきます。
音の正体は、軒先に吊るされた木製の風鈴。
金属の風鈴とはまた違う、木ならではのやわらかく優しい音色が通りに響いていました。
一方で、井波を歩いたら聞こえてくるのではと思っていたのが、職人さんがノミを叩く「トントン」という音。
ところが歩いていても、なかなかそれらしい音が聞こえてきません。
この日は日曜日だったので、「今日は工房がお休みなのかな」と思っていると、今度はカタン、カタンという木の音が聞こえてきました。
「おお、今度こそ!」と音のする方へ近づいてみると……職人さんの作業音ではありませんでした。
そこにあったのは、和菓子屋さんの前に置かれた木製のからくりモニュメント。
木のパネルが一枚ずつパラパラとめくれながら、「ようこそ井波へ」などの文字や絵が現れます。
てっきりノミを叩く音だと思って近づいただけに、思わぬ正体にちょっと笑ってしまいました。
さらに八日町通りにある「よいとこ井波(まちの駅)」をのぞくと、中の工房では2人の職人さんが作業をしていました。
今度こそ職人さんの工房ですが、ここも意外なほど静かです。
2人とも細かな作業をされていて、聞こえてくるのは想像していた「トントン」という音ではありませんでした。
店頭で見つけたのが、木彫りの制作で出た楠の切屑。
袋いっぱいに詰めて100円で、楠は樟脳の原料となることから防虫効果があることも紹介されていました。
これはちょっと面白い。
帰りにもう一度立ち寄って、買って帰ることにしました。
黒髪庵に立ち寄り、瑞泉寺の前に早めの昼食
八日町通りから少し足を延ばし、浄蓮寺の境内にある黒髪庵にも立ち寄りました。
俳句やその歴史に詳しいわけではありませんが、茅葺き屋根の芭蕉堂や、長い年月を重ねてきたことが伝わる小さな黒髪庵の建物には、どこか惹かれるものがあります。
静かな一角で、その佇まいをしばらく眺めてから後にしました。
このあと向かう瑞泉寺は、今回は時間をかけてゆっくり見て回りたいところ。
途中でお腹が空いて慌ただしくならないよう、少し早めですが、11時の開店に合わせて「松屋」で昼食にしました。
蕎麦は、さらしな蕎麦、二八蕎麦、田舎蕎麦の3種類。
その中で目に留まったのが、蕎麦の実の芯の部分を挽いたという白い「さらしな蕎麦」です。
こんなに白い蕎麦を見るのは初めてで、見た目はまるでそうめんのよう。
何も知らずに出されたら、蕎麦とは気づかなかったかもしれません。
食べてみると、普段食べている蕎麦よりもあっさりとした味わいに感じました。
早めの昼食を済ませ、いよいよ今回じっくり見たかった瑞泉寺へ向かいます。
瑞泉寺へ ― 晴れて初めて見えた、井波彫刻の迫力
瑞泉寺の入口は意外に間口が狭く、そこから石段を上っていきます。
そして上りきった先に、どーんと現れるのが大きな山門です。
前回も同じ山門を見ているはずなのに、今回はずいぶん印象が違いました。
みぞれ混じりの雨だった前回は、暗い空の下で山門全体が黒い塊のように見えていましたが、晴れた日に見ると、施された彫刻の陰影まではっきり。ひとつひとつが立体的に浮かび上がって見えます。
なかでも目を引いたのが、山門正面の狭間に施された「雲水一疋龍」の彫刻。
入口からこれだけ立派な彫刻を見せられると、さすが井波のお寺。この先には何があるのだろうと期待が膨らみます。
山門をくぐって、あらためて驚いたのが境内の広さでした。
その広い空間の正面に建つ本堂もまた大きく、周囲にこれだけ空間があっても圧倒的な存在感があります。
本堂に向かって左手には太子堂、そのさらに奥には宝物殿。右手には非公開の瑞泉会館があり、この建物もまた情緒のある佇まいで、思わず足を止めて眺めてしまいました。
山門のあたりでは、境内を囲む立派な石垣を見て「なんだかお城みたい」と感じていたのですが、本堂の裏手には山々が広がり、その中にこれほど大きな本堂が建つ光景を眺めていると、ますますそんな印象を持ちます。
井波彫刻の始まりは、瑞泉寺の再建と深く関わっています。
大火で焼失した寺院を再建するため京都から宮大工や彫刻師が招かれ、井波の大工たちがその技を学んだことが、現在へと続く井波彫刻の始まりとされています。
町を歩きながら、神様や猫、表札、お店の看板まで、あちらこちらで木彫りを見てきました。
その技につながる場所がここ瑞泉寺だったのかと思うと、町中で見てきた彫刻と目の前のお寺が一本につながったように感じます。
そして後から知って驚いたのが、本堂の大きさ。
木造建築物として、東本願寺、東大寺、西本願寺に次ぐ日本で4番目の大きさなのだそうです。
名だたる寺院に続いて4番目。
境内で感じたあの大きさを思い返すと、「それなら納得」と思えるほど堂々とした本堂でした。
太子堂で見上げた、龍と鳳凰の彫刻
大きな本堂を見たあとは、左手に建つ太子堂へ。
本堂と太子堂は廊下でつながっていて、行き来しながら拝観することができます。
本堂と同じく堂内は撮影できませんが、太子堂では外観にも見応えのある彫刻が施されています。
なかでも目を引いたのが、軒下にある「手挟彫刻」。
「桐に鳳凰」と「雲水龍」をあしらった龍鳳一対の彫刻が2組施されていて、案内によると非常に高度な技法で彫られているそうです。
技法のことまではわからなくても、近くで見上げると、羽や鱗など細かなところまで彫り込まれているのがよくわかります。
木から彫り出されたものとは思えないほど繊細で、それでいて龍や鳳凰には今にも動き出しそうな躍動感がありました。
八日町通りでもさまざまな木彫りを見てきましたが、太子堂の彫刻を目の前にすると、また少し違ったものを感じます。
細部までじっくり眺めていると、これが長く受け継がれてきた井波彫刻の技なのだと、素人ながらにも感じるものがありました。
この日は立っているだけでも汗が流れるような暑さでしたが、境内を歩いていると、ときどきすっと風が抜ける場所があります。
そんな場所を見つけてはひと休み。心地よい風に助けられながら、ゆっくり境内を見て回りました。
瑞泉寺を出て、もう少し井波の町を歩く
瑞泉寺を後にして、もう少し井波の町を歩いてみることにしました。
ただ、この頃には暑さもかなり厳しくなり、歩いているだけで汗が止まりません。
汗を拭いながら向かったのは井波八幡宮。
木々に囲まれた境内は日差しが遮られ、日陰に入るとすっと心地よい風が通り抜けます。苔の緑も美しく、真夏の町歩きで火照った体には、こうした場所がいつも以上にありがたく感じられました。
続いて立ち寄ったのが「臼浪水」。
清水が湧き出た場所ということで井戸をのぞき込んでみましたが、この日は季節のためなのか、水は少し濁っていました。
それでも、この一帯には木々が生い茂り、強い日差しを遮ってくれます。
この日は名所を見ること以上に、木陰に入ったときの涼しさや、ふっと吹いてくる風が記憶に残るほどの暑さでした。
さらに歩いていると、緑の多い一角が目に入り、惹かれるように向かった先にあったのが井波招魂社です。
ここは木陰が少なく、再び真夏の日差しをまともに受けることになりましたが、静かな境内に建つ拝殿には、どこか長い歴史を感じさせる佇まいがありました。
その向かいには金城寺があり、境内には「なでぼとけ」が鎮座しています。
無人のお寺でしたが、たくさんの種類の御朱印が用意されていたのも印象に残りました。
このほかにも、道の駅へ向かう途中には、地域に根づいているのだろうと思わせる小さなお寺や神社がいくつもありました。
こんなに暑くなければ、気になる道へ入ったり、もう少し寄り道したりしながら歩いてみたかったところです。
とはいえ、この頃には汗だくを通り越して、すっかり汗まみれ。
そろそろひと休みしたいと思いながら、「道の駅 いなみ木彫りの里 創遊館」へ向かいました。
道の駅でようやく聞こえた、木を削るトントンという音
「道の駅 いなみ木彫りの里 創遊館」に着くと、まずは水分補給。
ひと息ついていると、どこからか「トントン、トントン」と音が聞こえてきました。
「ん? 今度こそ?」
音のする方へ向かってみると、いくつか並ぶ工房のひとつで、職人さんがノミを槌で叩きながら木を削っています。
八日町通りでずっと聞きたいと思っていた、あの音です。
窓ガラス越しにしばらく眺めたあと、引き戸を開けて「お邪魔します」と声をかけて中へ。
思わず「この音が聞きたかったんです」と話すと、職人さんがいろいろなことを教えてくださいました。
この日は日曜日。弟子のいる工房では日曜日を休みにしているところも多いため、作業をしている工房自体が少ないのだそうです。
さらに、作業をしていればいつでもトントンと音がするわけではないとのこと。
今目の前で行われているような、木から大まかな形を作っていく工程ではノミを槌で叩く音が響きますが、細かな部分を彫ったり仕上げたりする工程になると、音はほとんどしなくなるそうです。
そう聞いて、八日町通りの「よいとこ井波」で見た静かな工房のことを思い出しました。
2人の職人さんが作業をしていたのに静かだったのは、ちょうど細かな作業をされていたからだったようです。
工房の中を見渡して、もうひとつ驚いたのがノミや彫刻刀の数。
私は数本を使い分けるくらいなのだろうと思っていたのですが、ずらりと並んでいます。
「こんなにたくさん使うんですか?」と尋ねると、彫る場所や形によって、それぞれ使い分けているのだと教えてくれました。
そして、この工房で作られていたのは、なぜか天神様ばかり。
「天神様しか作らない工房なのかな?」と思い尋ねてみると、そうではなく、今がちょうど天神様を作る時期なのだそうです。
富山県西部を中心に、男の子が生まれると母方の実家から天神様を贈り、年末に床の間へ飾る風習があります。
8月から9月頃は、その天神様の制作が佳境を迎える時期。訪れたのが8月だったため、工房には制作途中の天神様がいくつも並んでいたのでした。
職人さんによると、昔に比べれば職人の数は減ったものの、今でも井波では通りに面して工房を構える職人さんが多く、弟子をとっている工房もあるとのこと。
井波彫刻の組合員も100人ほどいると話してくださいました。
町を歩きながら完成した木彫りをたくさん見てきましたが、ここでは一本の木から少しずつ形が生まれていく途中を見ることができました。
トントンと響く音を聞きながら足元を見ると、そこには削り落とされた木片がいくつも。
その形を見て、八日町通りで帰りに買おうと思っていた楠の切屑が頭に浮かびました。
持ち帰った楠の切屑から、樟脳の香り
道の駅を後にして、最後にもう一度「よいとこ井波(まちの駅)」へ。
行きに見つけて気になっていた、木彫りの制作で出た楠の切屑を買って帰ることにしました。
「切屑」と聞くと、薄い鉋屑のようなものを想像していましたが、置かれていたのは意外にもごろっとした木片。
表面には削られた跡が残っていて、先ほど道の駅の工房で、職人さんが木から形を作っていた足元に落ちていたものとよく似ています。
袋いっぱいに自分で詰めて100円。
袋に入れているときから楠の樟脳の香りがほんのり漂い、暑さの中でどこか爽やかに感じられました。
本当なら袋いっぱいに詰めたいところですが、このまま東京まで持ち帰らなければなりません。
荷物の重さも考えて、八分目くらいでやめておきました。
ところが帰りの新幹線で、荷物を取り出そうとバッグを開けると、「あれ? すごくいい香り!」。
さらに東京の自宅へ戻り、写真を撮ろうと袋を開けてみると、今度はもっと強く樟脳の香りが広がりました。
こんなにいい香りなら、もっと詰めてくればよかった……。
まさか100円で買った木彫りの切屑が、こんなに印象に残るお土産になるとは思ってもいませんでした。
前回訪れた井波は、みぞれ混じりの雨の中、瑞泉寺も雪囲いされ、町もしんと静まり返っていました。
そのときに残した忘れ物を取りに来るような気持ちで再訪した今回は、「もう少し暖かい季節」を通り越して、化粧も流れそうなほどの真夏の暑さでした。
それでも晴れた町をゆっくり歩いたことで、家々の表札や看板、軒先にまで木彫りがあることに気づき、瑞泉寺では陰影までくっきりと浮かぶ彫刻を眺め、木製風鈴の優しい音や職人さんが木を削る音にも出会うことができました。
前回はどこか遠く感じていた「彫刻の町・井波」という言葉が、今回は歩くほどに実感へと変わっていったように思います。
そして最後には、木彫りの制作で生まれた楠の切屑から漂う樟脳の香りまで東京へ。
忘れ物を取りに戻った井波から、今度はなかなか記憶の薄れそうにない香りまで持ち帰る旅となりました。


























八日町通りで聞いた、木製風鈴の優しい音色と、職人さんの槌の音と勘違いしたからくりモニュメントの音を動画でも残しました。
🏘️ 南砺の町と風景を歩く
井波のほかにも、南砺市には城端の古い町並みや、合掌造りの集落が残る五箇山など、それぞれに異なる風景があります。南砺を歩いた旅の記録もあわせてどうぞ。


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