2026年7月末、賢島から定期船に乗り、英虞湾に浮かぶ間崎島を訪れました。
きっかけは、賢島で偶然目にした「マーメイドロード」と「真珠の貝殻願掛け」のポスター。 干潮時だけ現れる海の道を歩いてみたいと渡った島でしたが、そこで目にしたのは美しい海だけではありませんでした。
真珠養殖で栄えた歴史を持つ島の静かな路地や、船着場に残る暮らしの面影。 わずか20分の滞在となった間崎島で見た景色と、もう一度ゆっくり歩いてみたいと思った旅の記録です。
間崎島へ行こうと思ったきっかけ
賢島を散策していた時のことです。
賢島エスパーニャクルーズ(あご湾遊覧)のきっぷ売り場兼待合所のガラスに貼られていた一枚のポスターが目に留まりました。
「マーメイドロード」「真珠の貝殻願掛け」「間崎島」。そこには、干潮時だけ海の中から現れる美しい砂の道と、青い海が広がる景色が写っていました。
「定期船で渡ると、こんな景色に出会えるのか。」その瞬間、数年前の出来事を思い出しました。
鵜方駅で電車を待っていた時、おばあちゃんが小さなお孫さんに「どこが一番楽しかった?」と尋ねると、「間崎島!」という元気な返事が返ってきたのです。
その時は気になって調べてみたものの、「何もない島」「ヘリコプターで訪れる高級鮨店がある島」という印象が強く、それ以上興味を持つことはありませんでした。
それから何年も経ち、賢島で偶然その名前と再会します。
「今度こそ行ってみよう。」
そう思い、翌日、定期船で間崎島へ渡ることにしました。
ポスターには「潮が引いた限られた時間にだけ浮かび上がる奇跡の海の道があります」と書かれています。
せっかく行くなら、一番きれいな時間に歩きたい。私は干潮の時間を調べ、大潮の時間に合わせて乗船時間を決めました。
この時はまだ、それが後になって思わぬ失敗につながるとは思ってもいませんでした。
定期船で間崎島へ向かう
当日、島へ行くことにあまり乗り気ではない夫と一緒に、賢島エスパーニャクルーズのきっぷ売り場兼待合所を訪れました。
「このポスターの場所へ行きたいのですが。」
窓口でそう伝えると、スタッフの方が「潮が引いてないと渡れないんだよ。今の時間どうだったかな?」と別のスタッフに確認します。
「大丈夫です。」
その返事を聞き、内心では「ちゃんと調べてきたから大丈夫。」と少し得意な気持ちになっていました。
ところが、この企画は窓口では販売しておらず、JR東海の専用サイトから申し込む企画商品とのこと。その場でスマートフォンから申し込みを済ませ、購入画面を提示すると、往復乗車券、真珠の貝殻と油性マジックが入った願掛けキット、そして島のマップを受け取りました。
「船は10分前から乗船できます。」
出航まで待合室で過ごし、時間になると乗客が少しずつ船へ集まってきます。この日の乗客は10人ほど。船は静かに賢島港を離れました。
港を出るとすぐ、右手には賢島エスパーニャクルーズの大きな遊覧船が見えてきます。私たちが乗るのは、それよりもずっと小さな定期船です。
気温は36℃を超える真夏日。冷房の効いた船内はとても快適で、今回はデッキへ出ることなく窓から景色を眺めていました。
しばらくすると、進行方向右手に「ミキモト真珠養殖場」の大きな看板が見えてきます。
丘の上には真寿閣と御木本幸吉の別荘、海岸には木造の建物が並んでいました。
その数日前、鳥羽のミキモト真珠島を訪れ、真珠養殖の歴史や研究施設について学んだばかりです。展示の中で見た写真と同じ風景が目の前に広がり、「ここがあの養殖場なんだ。」と、不思議な親近感を覚えました。
御木本幸吉が毎日この海を見つめ、養殖場の様子を見守っていたのかと思うと、感慨深いものがあります。
賢島港から間崎島までは、およそ10分。あっという間に船着場へ到着しました。 ここで下船したのは私たちを含めて3人。他の乗客はそのまま和具方面へ向かっていきました。
ところが、この時になって私は重大なことに気付きます。
干潮時間ばかり気にしていた私は、帰りの船の時刻をほとんど確認していなかったのです。船内の時刻表を見ると、帰りは20分後か、その次は2時間35分後。
「えっ……。」 思わず固まってしまいました。
自販機もない島で、36℃を超える炎天下。
「え?帰りの船の時間、事前に見てなかったの?抜けているじゃん。」
夫のその一言に、返す言葉がありません。マーメイドロードが一番きれいに見える時間ばかり気にしていて、肝心な帰りの船まで頭が回っていなかったのです。
こうして私は、島へ到着する前から「20分で歩くか、2時間35分滞在するか」という究極の選択を迫られることになりました。
干潮のマーメイドロードを歩く
初めての下船も新鮮な体験でした。
船首が桟橋にちょこんと着くと、船首部分まで続く甲板を歩いて下船します。普段利用するフェリーとは違う、島の定期船らしい光景に思わず足を止めました。
船着場を見渡すと、目の前には立派な住宅が並んでいます。しかし、その多くは空き家のようで、人の気配はほとんどありません。
島の静けさと、36℃を超える暑さ。
「ここで2時間35分は過ごせない。」 夫はすでに次の船で帰る気持ちになっていました。
まずは時間を無駄にしないよう、目的だったマーメイドロードへ向かいます。
干潮時だったこともあり、海の中から現れた砂の道は、ポスターで見た以上に広々としていました。
願掛けスポットでは、受け取った真珠の貝殻に願い事を書き、そっと吊るします。
青空だったら海の色はもっと鮮やかだったのでしょう。それでも、曇り空のおかげで強い日差しが少し和らぎ、真夏の海辺を歩くにはありがたい天気だったのかもしれません。
願掛けを終えた後は、そのまま海岸まで歩いてみました。透明度の高い海と穏やかな波音が広がります。
間崎ビーチには屋根付きのベンチとテーブルが一つだけあり、ご夫婦が静かに休憩されていました。私たちより早い便で来られた方なのか、それとも島時間をゆっくり楽しまれているのか、その時は分かりませんでした。
「少し待てば空くかな」とも思いましたが、この暑さでは長時間過ごすのは難しそうです。私たちはそのまま次の目的地へ向かいました。
天眞名井神社へ参拝
時間が限られていたこともあり、海岸を後にして船着場近くにある天眞名井神社(あめのまないじんじゃ)へ向かいました。
古事記にも登場する「天真名井」という聖なる水の名を冠した神社で、かつてはこの場所に真水が湧いていたと伝えられています。
石段を登ると、コンクリート製の白い鳥居と狛犬、そして静かな境内が迎えてくれました。
海に囲まれた小さな島で、人々が航海の安全や穏やかな暮らしを願いながら手を合わせてきたのだろうか。そんなことを思いながら、私も静かに参拝しました。
時が止まったような島を歩く
参拝を終えると、夫は先に船着場へ戻っていきました。
私は少しでも島を歩いてみたくて、「あと少しだけ」と近くの路地へ入ってみます。
そこには住宅が並んでいましたが、人影はなく、とても静かな時間が流れていました。
船着場近くには立派な住宅が建ち並び、その脇には今ではあまり見かけなくなった公衆電話がぽつんと立っています。以前は多くの人が行き交っていたのだろうか。そんなことを考えながら歩いていました。
遠くから夫の「乗り遅れたら大変だぞ〜。」という声が聞こえてきました。
慌てて船着場へ戻ります。
ところが、定刻になっても船はやって来ません。
先ほど間崎ビーチで休憩されていたご夫婦も、同じように船を待っていました。
しばらくすると、島の方と思われる女性がリアカーを引いて坂道を下りてきます。リアカーはどこかへ置いたようで、そのまま船を待っていました。
約10分遅れて船が到着すると、今度は降りてきた乗客と入れ替わるように、郵便局員さんがチルドボックスを抱えて島の中へ走っていきます。
暑さの中で汗を拭いながら足早に配達へ向かう姿を見て、荷物を届けるだけでなく、その後は次の船まで待つことになるのだろうと思うと、大変だなと思わず見送ってしまいました。短い滞在でしたが、島で暮らす人たちの日常を少しだけ垣間見たような気がしました。
20分では見つけられなかった間崎島の魅力
今回の反省は、干潮時間だけでなく、帰りの船の時刻までしっかり確認しておくべきだったということです。
JR東海の案内には、自販機がないこともしっかり書かれていました。干潮時間の範囲内であれば、もう少し船の時刻を工夫して、1時間ほど滞在することもできたはずです。
それでも、この島を訪れたことは間違いなく良い経験でした。
後から調べると、間崎島は真珠養殖で栄えた時代には100世帯を超える人々が暮らし、ラジオやテレビ、電話など、当時は高価だった家電の普及率が日本一だったともいわれています。
伊勢税務署管内の長者番付トップ10を独占した時代があり、島内には20軒もの宿泊施設が営業していたという記録も残っています。
船着場近くに建っていた立派な住宅や、静かな路地を歩きながら感じた空気は、その頃の面影なのかもしれません。
数年前、鵜方駅で聞いた 「間崎島が一番楽しかった。」 というお孫さんの言葉。
今回の20分では、その答えを見つけることはできませんでした。
だからこそ、今度はもっと時間をかけて、この島をゆっくり歩いてみたいと思います。

















🦪 真珠がつないだ志摩の物語を歩く
真珠養殖の歴史を知ったミキモト真珠島や、御木本幸吉ゆかりの天の岩戸、伊雑宮など、真珠が育んだ志摩の歴史や文化に触れた旅の記録です。あわせて読むと、間崎島の風景がより深く感じられます。

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