2026年8月初旬、三重県志摩市にある天の岩戸をあらためて訪れました。
きっかけは、7月末に訪れたミキモト真珠島で、真珠王・御木本幸吉が天の岩戸の参道整備に私財を投じ、この信仰の場を守ろうとしたことを知ったことでした。
これまでにも二度訪れていましたが、その背景を知ってから歩くと、御木本楠や名水の流れ、森に包まれた参道が以前とは少し違って見えます。
真夏でも驚くほど冷たい湧水と、洞窟の奥から流れてくる天然の涼風。
今回はさらに風穴への道にも足を踏み入れ、帰りには季節で表情を変えた樹齢400年の大島桜にも立ち寄りました。
御木本幸吉の想いを知ったことで見えてきた、天の岩戸の新たな景色をたどります。
ミキモト真珠島で知った天の岩戸とのつながり
2026年8月初旬、天の岩戸をあらためて訪れました。
今回もう一度足を運んでみようと思ったきっかけは、7月末に訪れたミキモト真珠島でした。
そこで、真珠王と呼ばれた御木本幸吉が、天の岩戸の参道や周辺の整備に力を尽くしたことを知ったのです。
天の岩戸は、かつてお伊勢参りの道筋にある信仰の場として、多くの人が訪れていたといいます。
しかし、時代とともに人々から忘れられつつあったことを憂い、一人でも多くの人に再び訪れてもらえるようにと、御木本幸吉は参道整備などのために私財を寄付したそうです。
さらに境内には、御木本幸吉が自ら植えたと伝わる「御木本楠」が残されています。
私はこれまでにも二度、天の岩戸を訪れています。
その頃は、空気が少し違うように感じられる場所、涼しい森の中を歩ける場所という、どちらかといえばパワースポットを訪ねるような軽い気持ちでした。
けれども、御木本幸吉がこの土地の信仰を守ろうとしたことを知ると、以前と同じようには歩けない気がしました。
これまで目にしていた参道や木々を、今度はもう少しゆっくり見てみたいと思い、真夏の朝に再訪することにしました。
真夏の朝、天の岩戸の参道を歩く
天の岩戸の近くには、無料で利用できる駐車場があります。
この頃の志摩は、連日のように最高気温が36度を超える暑さでした。
少しでも涼しいうちに歩こうと、今回は朝8時頃に到着しました。
過去二回は日中の訪問でしたが、いずれも真夏ではなかったためか、駐車場の車の多さは今回の方が印象に残りました。
まだ早い時間にもかかわらず、県外ナンバーを含めて多くの車が停まっており、すでに何組もの人が参道へ向かっていました。
駐車場から天の岩戸までは、森の中の参道を歩いて向かいます。
最初の鳥居をくぐると、そのあたりから少し空気が変わったように感じました。
道路沿いの暑さや明るさから離れ、木々に囲まれた神域へ少しずつ近づいていくようです。
参道の横には、天の岩戸から流れてくる水の通り道があります。
これまで訪れたときには水が豊かに流れていましたが、今回は真夏で雨も少なかったためか、水のない場所もありました。
水が途切れていると思った先で、再び流れが現れる場所もあります。
川のように上流からずっと続いているのではなく、森の中の地面から水が湧き出し、少しずつ流れをつくっているのだろうと、このとき初めて気づきました。
いつも十分な水が流れているときには、考えもしなかったことです。
水が少ない季節だったからこそ、この場所が湧水によって潤っていることを、かえって実感できたように思います。
灯籠の並ぶ道と足形跡遺跡
参道の途中には、「足形跡遺跡」と記された看板と石があります。
ただ、詳しい説明は見当たらず、どのような由来があるものなのかは分かりませんでした。
これまでにも目にしていたはずですが、あらためてゆっくり歩くと、説明のない石や小さな看板にも自然と目が留まります。
さらに鳥居をくぐると、道の両側に灯籠が並ぶようになります。
天の岩戸まではほぼ一本道で、比較的平坦な道が続きます。
深い森の中を歩く場所ではありますが、道に迷うような不安はなく、足元に気をつけながらゆっくり歩けば向かいやすい参道です。
木々に囲まれた道には日陰が多いものの、真夏の湿度は高く、歩いているうちに少しずつ汗がにじんできました。
それでも、参道脇に残る水の流れや、森の中を通り抜ける空気のおかげで、駐車場周辺よりは暑さがやわらいで感じられました。
太鼓橋の奥に見える禊の滝
参道を進んでいくと、右手に小さな太鼓橋が見えてきます。
その奥にあるのが、禊の滝です。
ここでは、実際に滝の水に打たれる滝行を行うことができます。
滝のそばには更衣室もあり、滝の下には立ちやすいように設けられたものなのか、石の板も置かれていました。
真夏の朝とはいえ、流れ落ちる水は見ているだけでも冷たそうです。
以前訪れた際に水に触れたときも、その冷たさに驚きました。
夏でもこれほど冷たいのですから、滝の下に立つには相当な覚悟が必要そうです。
太鼓橋と滝、その周囲を包む深い緑。
ここまで歩いてくると、駐車場からそれほど離れていないにもかかわらず、日常の場所からずいぶん遠くまで来たような感覚になります。
天然のクーラーのようだった天の岩戸
禊の滝を過ぎてさらに進むと、天の岩戸へ到着します。
目の前に現れる水穴の入口は、洞窟と聞いて想像するものよりもずっと小さく、人がようやく入れるほどの間口に見えます。
けれども、外から見えているのは入口の一部にすぎず、水穴の中には大きな空間が広がっているそうです。
現在は危険なため、内部への立ち入りはできません。
洞窟から湧き出す水は、竹筒を通して手に取れるようになっています。
その水に触れてみると、思わず「冷たい」と声が出ました。
連日36度を超える真夏とは思えないほど、指先に伝わる水はひんやりとしています。
冷蔵庫で冷やした水のような冷たさではなく、長い時間をかけて地中を通ってきた水ならではの、澄んだ冷たさでした。
そして驚いたのは、水だけではありません。
水穴の前に立つと、洞窟の奥から涼しい風が流れてきます。
周囲も森の中ではありますが、この場所だけはさらに空気が違いました。
天然のクーラーの前に立っているような涼しさで、汗ばんでいた肌が少しずつ落ち着いていきます。
真夏の参道を歩いてきた後だったこともあり、いつまでもここに立っていたいと思うほど心地よく感じられました。
過去にも同じ場所を訪れ、同じように涼しいと感じていたはずです。
それでも今回は、地中から湧き出す水や洞窟を通ってくる風を意識したことで、この場所の不思議さを以前よりも強く感じました。
瀧祭窟と水の神々を祀る社
水穴の左手には、「瀧祭窟」と刻まれた石碑があります。
天の岩戸は、かつて「瀧祭窟(たきまつりのいわや)」と呼ばれていたそうです。
石碑の奥には小さな社があり、水に関わる神である罔象女大神、泣沢女神、そして猿田彦大神が祀られていると案内されていました。
絶えることなく湧き出す水のそばに立つと、この場所が古くから信仰の対象とされてきたことも自然に感じられます。
水穴から流れ出す清らかな水、岩の奥から届く涼しい風、木々に囲まれた薄暗い空間。
華やかな建物があるわけではありませんが、自然そのものに手を合わせたくなるような静けさがありました。
御木本幸吉が植えた御木本楠
天の岩戸の近くには、御木本幸吉が植えたと伝わる「御木本楠」があります。
これまでにも木の存在は知っており、案内も目にしていました。
けれども当時の私は、その背景をよく知らないまま、「御木本楠という木があるのだな」と通り過ぎていました。
ミキモト真珠島で天の岩戸とのつながりを知った後にあらためて見ると、同じ木とは思えないほど印象が変わります。
御木本幸吉は、天の岩戸が再び多くの人に訪れてもらえる場所になるよう、参道整備などに多額の私財を寄付しました。
そして1931年3月、この場所に楠を手植えしたと伝えられています。
今では御神木のように見えるほど大きく育ち、太い幹が枝分かれしながら力強く空へ伸びていました。
木そのものは、これまで訪れたときから変わらず、ここに立っていたはずです。
変わったのは、木を見る私の側でした。
どのような思いでこの木を植えたのか、どのような未来を願って参道を整えたのか。
その背景を知ると、単に立派な楠を見るのではなく、この場所を後世へ残そうとした一人の人の思いに触れているように感じられました。
場所について知ることで、これまで見えていなかったものが見えるようになる。
今回の再訪で、もっとも強く印象に残ったのは、この御木本楠だったかもしれません。
初めて気づいた風穴への道
御木本楠や周囲をじっくり見ながら歩いていると、これまで目に留まらなかった「風穴」と記された看板に気づきました。
看板の先には階段が続いています。
天の岩戸までの平坦な参道とは違い、ここからは一気に登山道のような雰囲気です。
風穴がどのくらい先にあるのかは、入口の看板からは分かりませんでした。
とりあえず様子を見ようと階段を上り始めましたが、真夏の暑さもあり、すぐに汗が噴き出してきます。
勾配のある階段を上り、ようやく平らな場所に出たと思うと、その先に分岐の案内がありました。
まっすぐ奥へ200メートル進むと風穴。
左へ300メートル進むと、猿田彦の祠へ続くようです。
距離だけを見ると、それほど遠くないようにも感じます。
しかし、そこから先は完全な山道でした。
天の岩戸の前で感じた涼しさはなく、暑さが一気に戻ってきます。
携帯電話の電波も入らず、階段を上ってくる人の姿もありません。
舗装路の200メートルや300メートルと、真夏の山道での同じ距離では、感じ方がまったく違います。
この先がどのような道なのか、風穴や祠までどれほど上り下りがあるのか、事前に何も調べていませんでした。
もう少し先まで行ってみたい気持ちはありましたが、連日の猛暑の中で、誰もいない山道へ一人で入っていくのは避けることにしました。
今回は分岐点までで引き返します。
風穴や猿田彦の祠へ向かうのであれば、気温の低い季節を選び、歩きやすい靴や飲み物を準備したうえで訪れた方がよさそうです。
無理に進まなかったことで心残りはありますが、次に訪れる理由もできました。
再び水穴の前で涼む
階段を下りて天の岩戸まで戻ってくる頃には、滝のように汗が流れていました。
そこで再び、水穴の前へ。
洞窟の奥から流れてくる冷たい風に当たると、火照った体が少しずつ落ち着いていきます。
先ほどまでも十分涼しいと感じていましたが、山道を上り下りした後では、その涼しさが一層ありがたく感じられました。
昔からこの場所を訪れた人たちも、参道を歩いた後に湧水へ手を伸ばし、岩穴から届く風にほっとしたのかもしれません。
御木本幸吉が多くの人に再び訪れてほしいと願った場所に、今も県内外から人が訪れています。
朝早くから駐車場に多くの車が停まっていた光景を思い返すと、その願いは今も受け継がれているように思えました。
緑の中に溶け込んでいた樹齢400年の大島桜
天の岩戸からの帰り道、以前の訪問で満開の花を見た樹齢400年の大島桜にも立ち寄りました。
前回は、桜が咲く姿を遠くから見ただけでも、すぐにその木だと分かりました。
大きく枝を広げた桜が白い花で覆われ、山の緑を背景に浮かび上がるように立っていたからです。
その姿に惹かれ、思わず車を停めて木の近くまで歩いていきました。
今回は同じ場所の近くに車を停め、以前桜があった方向を見ました。
ところが、最初はどの木が大島桜なのか分かりません。
「あれ、桜はどれだったかな」と目を凝らしていると、緑の葉をつけた太い枝が横へ大きく伸びている木に気づきました。
花が咲いていたときには圧倒的な存在感があった大島桜も、葉が茂る夏には周囲の山の景色へすっかり溶け込んでいます。
木の大きさも、枝の広がりも変わっていないはずなのに、季節が変わるだけでこれほど印象が違うことに驚きました。
満開の姿だけでなく、緑の葉をまとって静かに山の一部となっている姿もまた、この大島桜のもう一つの表情です。
同じ場所を季節を変えて訪れると、以前には気づかなかったものが見えてきます。
今回は御木本楠だけでなく、この大島桜からも、再訪する面白さを教えてもらったように感じました。
志摩市観光農園のひまわり畑へ
天の岩戸を後にしたあとは、志摩市観光農園のひまわり畑が見頃を迎えていると知り、立ち寄ってみることにしました。
協力金300円を支払い、園内へ入ります。
斜面いっぱいに広がるひまわり畑へ向かう途中には、いくつもの風鈴が吊るされていました。
風が吹くたびに涼しげな音が響きます。
実際の気温は高いままでしたが、暑さでしなびそうになっていた気持ちが、風鈴の音色で少しだけやわらぎました。
時刻はまだ9時を少し過ぎた頃でしたが、日差しはすでに強く、斜面を歩くには厳しい暑さです。
ひまわり畑の周囲を歩きながら上の方まで回ることもできますが、今回は下から花畑を眺めるだけにしました。
ひまわりは明るい夏の景色をつくっていましたが、あまりの暑さに、このまま気温が上がれば花も次第にうつむいてしまうのではないかと思うほどでした。
もう少し雲が多い日や、気温が低い時間帯であれば、園内をゆっくり歩いて楽しめそうです。
志摩市観光農園では、季節によってコスモスやコキア、ネモフィラなども見られます。
近くには道の駅もあり、志摩を車で巡る途中に立ち寄りやすい場所でした。
おわりに
今回の天の岩戸再訪は、ミキモト真珠島で御木本幸吉とこの場所とのつながりを知ったことから始まりました。
過去にも二度訪れ、参道を歩き、水穴や御木本楠を見ていたはずです。
それでも、その背景を知ってから歩くと、以前とは違うものが次々と目に入りました。
水量が少ないことで気づいた湧水の流れ。
真夏でも驚くほど冷たい水と、洞窟の奥から届く天然の涼風。
この場所を守ろうとした御木本幸吉の思いを今に伝える御木本楠。
そして、これまで見落としていた風穴への道や、季節が変わることで山の緑に溶け込んでいた樹齢400年の大島桜。
同じ場所でも、知っていることや訪れる季節が変われば、見える景色も変わります。
以前は軽い気持ちで歩いていた天の岩戸でしたが、今回は、この土地の水や信仰、そして場所を守ろうとした人の思いに触れる再訪となりました。
風穴と猿田彦の祠へ続く道は、暑さのため途中で引き返しました。
いつか気候の穏やかな季節に準備を整え、今度はその先まで歩いてみたいと思います。


















🌿 志摩の自然信仰と真珠の歴史を訪ねて
今回、天の岩戸を再訪するきっかけとなったのは、御木本幸吉とこの場所との意外なつながりを知ったことでした。
真珠の歴史や、志摩に受け継がれてきた自然への祈りにふれることで、この地域の魅力をより深く感じることができました。


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