2026年7月末。若い頃に少しずつ買い集めたミキモトの真珠を、久しぶりにメンテナンスへ出したことがきっかけとなり、これまで何度も素通りしてきた鳥羽のミキモト真珠島を訪れました。
島内では、御木本幸吉記念館や真珠博物館を巡り、昔ながらの白い磯着姿で行われる海女の実演も見学。真珠養殖の歴史や、一粒の真珠が生まれるまでに重ねられる長い時間と人々の努力に触れました。
数年前に英虞湾で見た真珠養殖の光景とも思いがけずつながった、ミキモト真珠島での半日を綴ります。
真珠との再会がミキモト真珠島を訪れるきっかけに
ミキモト真珠島へ行こうと思ったきっかけは、鳥羽ではありませんでした。
ぎっくり腰で外出を控えていた頃、自宅の整理をしていると、若い頃に少しずつ買い集めていたミキモトの真珠が久しぶりに姿を現しました。
「そういえば、長い間メンテナンスに出していない。」
ミキモトでは自社製品を工場でクリーニングや点検してくださるサービスがあります。以前にも一度お願いしたことがありましたが、それ以来ずいぶん長い年月が経っていました。
預ける前に店内を眺めていると、その価格に思わず驚きました。
若い頃なら手が届いた品が、今では簡単には買えないほど高価になっています。
「一粒の真珠は、なぜこんなにも価値があるのだろう。」
その答えを知りたくなり、私は鳥羽のミキモト真珠島へ向かいました。
実はミキモト真珠島の存在は、ずっと前から知っていました。 鳥羽を訪れるたびに目にはしていたものの、「いつか行けばいい」と思ったまま、何度も素通りしてきた場所です。 今回ようやく、その橋を渡る日がやってきました。
鳥羽駅から歩いてミキモト真珠島へ
訪れたのは連日の猛暑が続く7月末。 少しでも暑さを避けようと、朝9時の開館に合わせて鳥羽駅へ到着しました。
近鉄名古屋駅から特急で約1時間半。鳥羽駅から歩いて5分ほどで目的地に着きます。
駅から歩いていると、海の向こうに木々に覆われた小さな島が見えてきました。
「あれがミキモト真珠島か。」
島といっても本土とはパールブリッジで結ばれているため、船に乗るわけではありません。それでも、こんもりとした緑に包まれた島を眺めていると、これから少し特別な場所へ向かうような気持ちになります。
入場券を購入して橋を渡ると、街の喧騒から少し離れた静かな空間へ足を踏み入れました。
島内には真珠博物館、御木本幸吉記念館、パールショップやレストランが入るパールプラザのほか、珠の宮、願いの井戸、展望台、海沿いの遊歩道などが点在しています。
決して大きな島ではありませんが、散策しながら半日ゆっくり過ごせるほど見どころがありました。
御木本幸吉記念館で知る真珠王の歩み
まず向かったのは御木本幸吉記念館です。
海女の実演が始まるまで少し時間があったので、先に見学することにしました。
和風庭園に面したガラス張りの建物へ入ると、外の暑さを忘れるような静かな空気が流れています。
ここでは、「真珠王」と呼ばれた御木本幸吉の歩みを知ることができます。
最初から成功したわけではなく、真円真珠の養殖に成功するまでには10年以上もの試行錯誤が続いたこと。 展示を見ながら、「今では当たり前になっている養殖真珠も、一人の挑戦から始まったのだ」と改めて感じました。
印象に残ったのは、晩年を過ごした英虞湾の養殖場に建てられた真珠閣(真寿閣)の一室を再現した展示です。 窓の外には養殖場の景色が広がり、御木本幸吉は96歳で亡くなるまで毎日その景色を眺めていたそうです。
真珠づくりは仕事というより、生涯をかけたライフワークだったのだろうと思いました。
館内には奥様・うめさんの手紙や当時の資料も展示され、人となりにも触れることができます。
そして、もう一つ足を止めたのが「大将連」と呼ばれるネックレスでした。
養殖真珠の中から10年かけて選び抜かれた49粒の大珠真珠で作られたもので、その存在感には思わず見入ってしまいます。
写真を撮ろうと何度か挑戦したものの、ガラスケースへの映り込みが激しく、結局うまく撮れませんでした。 最後は写真を諦め、自分の目でじっくり眺めることにしました。
木陰と海風が心地よいミキモト真珠島の散策
記念館を出ると、海女の実演まではまだ少し時間があります。
そこで島内を歩いてみることにしました。
まずは展望台へ。
木立の中を歩く遊歩道には木陰が多く、海から吹いてくる風も心地よく感じます。
気温はすでに30度を超えていたと思いますが、不思議なくらい暑さを感じません。 天然の風に包まれながら歩いていると、暑さを忘れてしまうほどでした。
島内にはところどころベンチも設けられ、鳥の声を聞きながらゆっくり休憩できます。
展望台からは鳥羽湾が一望でき、伊勢湾フェリーがゆっくりと海を横切っていく姿も見えました。
その後、島の鎮守である珠の宮へ参拝します。 旅の安全を願って静かに手を合わせ、社殿の前にある「願いの井戸」にも立ち寄りました。
野鳥の森にも足を延ばしましたが、途中から先は立ち入り禁止になっていました。
それでも島全体が森に包まれているため、歩いているだけでも森林浴をしているような気分になります。 朝の時間帯だったこともあり、島全体にゆったりとした空気が流れていました。
海女の実演で心に残った磯笛の音色
やがて海女スタンドへ向かいます。
ここでは昔ながらの海女漁の実演を見ることができます。 約1時間ごとに行われ、1日に何度も実施されているため、旅程にも組み込みやすい催しです。
しばらく待っていると、小さな海女船が近づいてきました。 船には三人の海女さん。 昔ながらの白い磯着姿は、現在ではここでしか見ることができないそうです。
船が止まると、海女さんはためらうことなく海へ飛び込みます。 水面へ吸い込まれるように潜り、しばらくすると貝を手にして浮かび上がってきました。 その無駄のない動きに思わず見入ってしまいます。
すると突然、海の上に澄んだ音が響きました。
海女さんが吹く「磯笛」です。
深く潜ったあと急に呼吸をすると肺や心臓に負担がかかるため、呼吸を整えるために吹く音なのだそうです。
その音色は思っていた以上に優しく、小鳥のさえずりのようにも聞こえました。 耳に残るというより、心に残る音。 実演が終わってもしばらく余韻が消えず、静かな海の景色とともに深く印象に残りました。
現在では技術の進歩により、真珠養殖で海女さんが潜ることはほとんどなくなったそうです。 だからこそ、昔ながらの技術を目の前で見られるこの実演は、とても貴重な時間でした。
真珠博物館でストラップ作りを体験
海女の実演を見終えたあと、次に向かったのは真珠博物館です。
館内ではちょうど夏休みイベントが開催されていて、万華鏡作りとストラップ作りの体験コーナーが設けられていました。
予約は不要で、その場で申し込めば参加できます。 何組もの親子連れが楽しそうに作品を作っていたので、私も淡水真珠を使ったストラップ作りに挑戦してみることにしました。
真珠の色を選び、スワロフスキーやビーズを組み合わせていきます。
手順はカラー写真付きで分かりやすく説明されているので、工作が得意でなくても20分ほどで完成しました。
旅先で形に残るものを自分の手で作る機会は意外と少ないものです。 完成したストラップを見るたびに、この日の鳥羽の景色や海風を思い出せそうです。
真珠が美術工芸品になる展示空間
体験コーナーのある2階には、真珠を使った美術工芸品も数多く展示されています。
養殖真珠誕生100周年を記念して制作された「夢殿」、22金で大陸を表現した「地球儀」、法隆寺の五重塔を模した作品、昭和12年のパリ万博に出品された帯留「矢車」、アメリカ独立宣言で打ち鳴らされた「自由の鐘」を3分の1の大きさで再現した工芸品など、思わず足を止めて見入ってしまう作品ばかりでした。
どの作品も真珠が主役でありながら、単なる宝飾品とは違う存在感があります。 美術品として眺めているうちに、「真珠には装飾品以上の魅力があるのだな」と感じました。
展示を見ていて印象に残ったのは、日本の装身具の歴史にも触れられていたことです。
着物文化の中では簪(かんざし)などの髪飾りが中心でしたが、西洋文化が入ってきたことでネックレスやブローチなどの装身具が広まり、日本の真珠も世界へ羽ばたいていきました。
展示を見ながら、「真珠の白くやわらかな輝きは、日本人の美意識にもどこか通じるものがあるのかもしれない」と思いました。
展示を見てつながった英虞湾での記憶
続いて1階へ下りると、真珠がどのように生まれ、宝飾品になるまでの工程が分かりやすく紹介されています。
ここで思いがけず、数年前の旅の記憶がよみがえりました。
展示されていたのは、アコヤ貝へ核を入れる工程です。
母貝の外套膜を小さく切り取り、丸い核とともに貝の中へ移植するという、とても繊細な作業。 その説明を見た瞬間、「あっ」と思いました。
数年前、英虞湾の遊覧船で立ち寄った真珠養殖場で見た作業が、まさにこれだったのです。
当時は「真珠を作る工程なんだな」くらいの理解でした。 ところが今回、展示を見ながら改めて養殖の流れを知ることで、あの日ぼんやり眺めていた光景の意味が一つひとつつながっていきました。
さらに思い出したのは、遊覧船から見上げた丘の上の建物です。
「あれは御木本幸吉が過ごした建物ですよ。」
そんな説明を聞いた記憶がありました。 それが、先ほど御木本幸吉記念館で見た真珠閣(真寿閣)だったことにも気付きます。
別々だった旅の記憶が、数年を経て一本の線になった瞬間でした。
旅は、その場で終わるものではない。 こうして別の旅と結び付くことで、何年も経ってから新しい発見が生まれることもあるのだと改めて感じました。
展示を見て初めて分かった真珠の貴重さ
展示では、養殖真珠が完成するまでのおよそ2年間の工程も紹介されています。
核を入れれば終わりではありません。 海の中で丁寧に管理を続けなければ、アコヤ貝は途中で死んでしまいます。
さらに、収穫された真珠すべてが宝飾品になるわけではありません。 展示を見ながら、「だから真珠は貴重なのか」と妙に納得しました。
店舗で目にした価格の高さも、単にブランドだからではなく、長い年月と多くの人の手間によって生まれていることが少し理解できた気がします。
若い頃は、真珠は「きれいなアクセサリー」という程度の認識でした。 けれど今回の旅を通して、その一粒の向こう側には自然の営みと人の技術、そして長い時間があることを知りました。
パールショップで旅の記念を選ぶ
見学を終えたあとはパールプラザへ向かいます。
この日は2階のレストランが団体貸切となっていて利用できませんでしたが、お店の名前は「阿波幸」。 御木本幸吉の実家が営んでいたうどん店の名前を受け継いでいることを知り、最後まで創業者への敬意が感じられる施設だと思いました。
1階にはパールショップがあります。 奥にはミキモトブランドの商品が並び、手前にはミキモト真珠島オリジナルの商品が並んでいました。
もちろん高価なジュエリーもありますが、旅の記念として気軽に購入できる小物も用意されています。
私も今回の思い出として二点購入しました。 「せっかく真珠島を訪れたのだから。」 そんな気持ちで選んだ、小さな旅のお土産です。
鳥羽マルシェでてこね寿司の昼食
気が付けば、お昼を過ぎていました。
島を後にし、鳥羽駅へ向かう途中にある鳥羽マルシェへ立ち寄ります。
レストランでいただいたのは、三重県の郷土料理でもある「てこね寿司」。 そして、大内山牛乳を使ったカフェオレです。
海を眺めながらゆっくり食事をしていると、朝から歩き続けた心地よい疲れが少しずつほぐれていきました。
真珠を「身につけるもの」から「知るもの」へ
今回訪れるまでは、ミキモト真珠島は「真珠を販売する観光施設」というイメージを持っていました。
けれど実際に歩いてみると、その印象は大きく変わりました。
真珠の歴史を知り、美術工芸品に見入り、養殖の技術を学び、海女さんの実演を見て、御木本幸吉という一人の人物の人生にも触れる。
さらに数年前の英虞湾での体験までつながり、一粒の真珠ができるまでには、多くの人の知恵と努力、そして長い年月が積み重なっていることを実感しました。
真珠は自然が生み出すものですが、その価値を育み、広めてきたのは、人の知恵と努力でした。 ミキモト真珠島は、自然の恵みが「産業」へと育まれていく歩みを、歴史や文化、美術工芸などさまざまな角度から知ることができる場所でもありました。
そういえば、以前訪れた伊勢・天の岩戸には「御木本楠」と呼ばれる大きな楠があります。
参道整備に尽力した御木本幸吉が植えた木だと知った当時は、「真珠王」という印象しかありませんでした。 しかし今回その人生に触れたことで、真珠づくりだけではなく、地域への思いや、人を喜ばせたいという志まで少し見えてきたような気がします。
若い頃に買った真珠をメンテナンスへ出したことから始まった今回の旅。
何度も鳥羽を訪れながら素通りしてきたミキモト真珠島を、ようやく歩くことができました。 そして、一粒の真珠を見る目も以前とは少し変わったように思います。
もし鳥羽を訪れる機会があれば、ショッピングだけでなく、半日ほど時間を取って島内をゆっくり散策してみることをお勧めします。
きっと帰る頃には、真珠は「身につけるもの」だけではなく、その一粒に込められた時間や人の努力も感じられるようになっていると思います。























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