2024年9月、父の逝去から三七日を迎え、菩提寺に代わり鶴見の大本山總持寺を訪れました。
広大で荘厳な境内、磨き上げられた回廊の廊下の美しさに驚きながら、父への想いを寄せて静かにお経を聞くひととき。心穏やかな、ひとり旅の記録です。
三七日法要のため鶴見の總持寺へ
2024年9月。8月末に父が亡くなり、菩提寺が遠方のため、四十九日までの五回の法要を別途お願いすることになりました。
その中で三七日を迎え、鶴見にある大本山總持寺を訪れてお参りしてきました。
菩提寺の住職から、若い僧侶の指導のため總持寺へ行き来しているという話を以前から伺っていたこともあり、この場所で法要をお願いするご縁をいただいたのです。
鶴見の大本山總持寺へ
かつて能登にある大本山總持寺祖院を訪れたことがあったため、同じような規模を想像していました。
しかし、鶴見の總持寺は想像をはるかに超える広さと荘厳さを備え、境内に足を踏み入れた瞬間、その静かな存在感に圧倒されました。
広大な境内にはいくつもの堂宇が整然と並び、街の中にありながら、まるで別の時間が流れているような感覚になります。
磨き上げられた回廊の美しさ
回廊の廊下は鏡のように磨き上げられ、外の光がやわらかく映り込んでいます。
足音さえも遠慮がちになるほどの静けさの中で、日々の丁寧な手入れと修行の積み重ねが、この空間を守っていることを感じました。
能登の祖院でも同じように美しい廊下が印象に残っていましたが、鶴見の總持寺の規模と整然とした佇まいには、また違った深い静けさがありました。
三七日法要の静かな時間
まだ暑さの残る日でしたが、お堂の中に座り、読経の声に耳を傾けながら、父への想いを静かに重ねていきます。
一定のリズムで響くお経の声は、不思議と心を落ち着かせ、慌ただしかった日々の中で張り詰めていたものが、少しずつほどけていくようでした。
旅というよりも、心を整えるための時間。
鶴見の總持寺で過ごしたひとときは、立ち止まり、大切な人を想うための静かな時間となりました。






















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