2025年末に初めて柴又を訪れたとき、矢切の渡しに乗らなかったことと、山本亭でゆっくり過ごせなかったことが少し心残りとして残っていました。
そこで2026年7月、その続きを歩くような気持ちで再び柴又へ。 帝釈天を参拝し、山本亭では庭園を眺めながら抹茶と和菓子を楽しみ、念願だった矢切の渡しにも乗ることができました。
さらに旅の最後には、偶然声をかけられて立ち寄った柴又川甚まちなみ館で、前回から疑問に思っていた帝釈天の見事な彫刻が生まれた背景を知ることに。 心残りを回収するための再訪が、思いがけない発見へとつながった柴又散策を紹介します。
年の瀬に訪れた柴又、そして再訪へ
2025年の年末に初めて柴又を訪れたとき、昭和の面影が残る町並みや帝釈天、山本亭を巡りながら、どこか懐かしい空気に心が和みました。
その一方で、矢切の渡しに乗ろうか迷った末、寒さに負けて見送ってしまったこと、そして山本亭では団体の訪日客で広間が賑わっていたため、庭園を眺めながらゆっくり過ごせなかったことが少し心残りでもありました。
「次は矢切の渡しに乗ってみたい。」 「山本亭でもっとゆっくりした時間を過ごしたい。」 そんな思いを胸に、2026年7月、再び柴又を訪れることにしました。
帝釈天参道と下町の朝
前回と同じように混雑を避けるため、柴又駅には9時半頃に到着しました。
駅前では、寅さんとさくらさんの像が今回も温かく迎えてくれます。 駅から柴又帝釈天へ続く参道には、だんご屋、せんべい屋、手づくり飴、川魚料理店など、江戸時代から続く老舗が軒を連ねています。
この時間帯はまだ開店準備中のお店が多く、参道には穏やかな空気が流れていました。 年末とは季節こそ違いますが、朝の柴又には同じような静けさがあり、映画「男はつらいよ」を観たことがなくても、どこか懐かしく感じられる風景が広がっています。
柴又帝釈天と彫刻ギャラリー
約200メートルの参道を歩くと、柴又帝釈天(題経寺)に到着します。 今回は真夏の平日ということもあり、年末よりさらに参拝客が少なく、境内は落ち着いた雰囲気に包まれていました。
前回は帝釈堂の「彫刻ギャラリー」をじっくり見学しましたが、今回は山本亭でゆっくり過ごすことを優先し、ガラス越しに彫刻を眺めるだけにしました。
帝釈堂の外側に配された胴羽目彫刻は、すべて欅に彫られたものです。 仏教経典「法華経」を題材に、十名の宮彫刻師が腕を競うように制作した彫刻や、四代目・波の伊八による鶴亀の彫刻など、その立体感と繊細な木彫りには、前回も時間を忘れて見入ってしまいました。
今回もガラス越しに眺めながら、「なぜ、これほど見事な彫刻が柴又にあるのだろう」と改めて不思議に思いました。 この疑問は、旅の終わりに思いがけない形で答えを知ることになります。
山本亭で味わうレトロな時間
今回の旅でもう一つ楽しみにしていたのが、帝釈天から徒歩数分の場所にある山本亭です。 地元ゆかりの実業家・山本栄之助翁の旧邸で、現在は建物や庭園を見学できるほか、喫茶も楽しめます。
前回訪れたときは、広間で海外からの団体客が庭園を眺めながら喫茶を楽しんでいて、その様子を横目に館内を見学するだけで終わってしまいました。 「次に来ることがあれば、私もあそこでゆっくり過ごしてみたい。」 そんな思いが、今回の再訪につながっています。
受付で喫茶付きの入館券を購入すると、この日もシニアの団体客が先に入館していましたが、皆さん館内の見学へ向かわれたため、広間には静かな時間が流れていました。
真夏の朝から参道や帝釈天を歩いてきたこともあり、私は冷やし抹茶を選びました。 ひんやりとした抹茶が喉を通り、暑さで火照った身体にゆっくりと染み渡っていきます。 上品な練り切りの和菓子との相性も良く、ようやく前回の心残りを一つ叶えることができました。
広間から眺める日本庭園は、年末に訪れたときよりも緑が濃く、夏ならではの生命力にあふれています。 窓には、今では製造できないといわれるゆらぎのあるガラスが使われていて、庭の景色がやさしく揺れて見えました。 その柔らかな光景を眺めていると、時間の流れまでゆっくりになったような気がします。
ふと、子どもの頃に祖父母に連れて行ってもらった古民家の料理屋のことを思い出しました。 特別な出来事があったわけではありませんが、静かな庭を眺めながら過ごす時間には、どこか懐かしく、心が落ち着く空気が流れていました。
しばらくすると、館内を見学していた団体の皆さんが戻ってきて、「ここでお茶ができるんですね」と声をかけてくださいました。 受付で注文できることをお伝えすると、皆さんも庭園を眺めながら思い思いの時間を過ごされていました。 そんな何気ないやり取りも、どこか温かな思い出として心に残っています。
その後は館内をゆっくり見学しました。 洋館には大理石のマントルピースやガラス製のペンダント照明、すべての窓にステンドグラスがあしらわれ、和風建築とはまた違った趣があります。 一つの邸宅の中で和と洋、それぞれの美しさを楽しめるのも山本亭ならではの魅力でした。
豪華な装飾で圧倒するというより、自然光をやさしく取り込む窓や落ち着いた室内の雰囲気が心地よく、何時間でも過ごしていたくなるような空間です。 前回は少し物足りなさが残りましたが、今回は山本亭の魅力を存分に味わうことができました。
葛飾柴又寅さん記念館
山本亭をあとにし、再び江戸川方面へ歩きます。 途中には葛飾柴又寅さん記念館があります。
今回は矢切の渡しを目的にしていたため立ち寄りませんでしたが、前回は館内を見学しました。 寅さんの映画を観たことがなくても、昭和の町並みや撮影スタジオを再現した展示、ミニチュアの街並みなどを楽しむことができます。
なかでも印象に残っているのは、人が押して走る「帝釈人車鉄道」の展示でした。 初めて知る乗り物でしたが、当時の交通の歴史に触れることができ、柴又という町をより身近に感じられたことを覚えています。
今回は記念館の前を通り過ぎながら、「また次の機会にゆっくり訪れてみよう」と思いつつ、この旅で一番楽しみにしていた矢切の渡しへ向かいました。
矢切の渡しで江戸の風景に思いを馳せる
山本亭をあとにし、暑い日差しの中を歩いて、今回の旅でもっとも楽しみにしていた矢切の渡しへ向かいました。
矢切の渡しは、江戸時代初期から続く渡し船で、柴又と千葉県松戸市を結ぶ都内唯一の渡しです。 前回は風の冷たさに迷い、船着場を眺めるだけで引き返してしまいましたが、今回は「必ず乗ろう」と決めていました。
ところが船着場に着くと、船の姿が見当たりません。 対岸を眺めても船頭さんの姿はなく、「今日は運休なのだろうか」と少し不安になります。 念のため電話で確認すると、「休憩中なので、船着場でお待ちください。対岸から見える場所にいていただければ迎えに行きますよ。」とのこと。 矢切の渡しは決まった時刻表で運航しているのではなく、乗船希望者が船着場で待っていると船を出してくれるそうです。 ほっと胸をなで下ろしながら船を待つことにしました。
船着場へ続く鉄板の桟橋を歩くと、ところどころ足元がガタガタと揺れます。 先端は川へ向かって斜めに伸びていて、「ここからどうやって船に乗るのだろう」と少し心細い気持ちになりました。 さっきまで「今日はやっと乗れる」と楽しみにしていた気持ちは、いつの間にか少しの緊張へと変わっていました。
しばらくすると、対岸から船がゆっくりと近づいてきました。 「きた、きた。」 そう思った瞬間、前回見送った心残りがようやく叶うことを実感しました。
「往復でお願いします。」 そう伝えると、「はい、どうぞ。」と船頭さん。 「どこから乗ればいいんですか?」と尋ねると、「斜めになっているところを降りて、そのまま船へどうぞ。」と笑顔で教えてくださいました。 少し緊張しながら足を進め、無事に船へ乗り込むことができました。
この日の乗客は私一人でしたが、乗り込むとほどなく船は対岸へ向けて出航しました。 船頭さんはユーモアたっぷりの案内を続け、時には声色を変えながら軽妙な語り口で柴又や江戸川の話を聞かせてくれます。 思わず笑ってしまうような駄洒落も交えた案内に、船内は終始和やかな雰囲気でした。
船はゆっくりと江戸川を横断していきます。 橋も道路も整備された現代とは違い、かつては人々が生活のために毎日のようにこの川を渡っていたのだと思うと、不思議な気持ちになりました。 江戸時代から四百年以上受け継がれてきた渡し船に、自分も乗っている。そのことが何とも感慨深く感じられます。
川の上へ出ると、岸から見ていた以上に川幅が広く感じられました。 今は安定した船で安心して渡れますが、昔の人々は天候や川の流れと向き合いながら、この川を渡っていたのでしょう。 そんな時代に思いを馳せながら眺める景色は、岸から見る風景とはまったく違って見えました。
帰りの船では、川の向こうに目を引く建物が見えてきました。 UFOのような屋根を持つ建物と、とんがり帽子をかぶった小人のようにも見えるレンガ造りの建物です。 船頭さんによると、金町浄水場第二取水塔で、映画『男はつらいよ』や漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』にも登場する建物なのだそうです。 川の上から眺めるその姿は愛らしく、この暑さでなければ近くまで歩いてみたいと思うほど印象に残りました。
岸にいると暑さばかりを感じていましたが、川の上を吹き抜ける風は心地よく、往復の船旅はあっという間でした。
船着場へ戻ると、自転車を押した男性が船を待っていました。 その様子を見ながら船頭さんは、「今は観光で利用される方がほとんどですが、こうした渡し船もいつまで続けられるかわかりません。」と話してくださいました。
橋が架かり、車で簡単に川を渡れる時代になっても、江戸時代から続く渡し船が今も人を運び続けています。 今回実際に乗ってみたからこそ、この風景がこれからも変わらず残ってほしいと心から思いました。
柴又川甚まちなみ館で知った、帝釈天の彫刻の理由
矢切の渡しを楽しみ、帝釈天の境内を通って参道へ戻ってくると、「柴又川甚まちなみ館」の内覧会を行っているので、ぜひ立ち寄ってくださいと声をかけていただきました。 2026年7月18日にグランドオープンを迎える直前のことで、せっかくの機会なので見学させていただくことにしました。
館内では、柴又の歴史を紹介する映像や展示パネルを見学しました。 江戸川の渡河地点だった柴又は、江戸・東京から見れば東郊、房総や北関東、東北から見れば江戸の玄関口にあたり、人や物だけでなく文化も行き交う交通の要衝だったことを知ります。
さらに映像では、そのような文化の交流から日光東照宮や歓喜院聖天堂へと受け継がれた寺社彫刻の流れが、この題経寺(柴又帝釈天)の彫刻へと結実したことも紹介されていました。
その話を聞いた瞬間、前回初めて彫刻ギャラリーを訪れたときのことを思い出しました。 欅に彫り込まれた繊細で立体感あふれる彫刻を目の前にして、「なぜ柴又に、これほど見事な彫刻があるのだろう。」と不思議に思っていたのです。
今回、山本亭でゆっくり過ごすことや矢切の渡しに乗ることが目的で再び柴又を訪れましたが、旅の最後に、その疑問まで解けることになるとは思ってもいませんでした。 偶然立ち寄ったまちなみ館で、長く心に残っていた疑問の答えに出会えたことは、この旅で一番大きな収穫だったように思います。
見学の最後には、館内のカフェで提供予定のメニューを試食する機会もありました。 歩き続けて少し空いたお腹を満たしながら、柴又で過ごした一日を静かに振り返る時間となりました。
昭和文化が息づく、何度でも歩きたくなる町
今回の柴又散策は、前回の心残りを回収するための再訪でした。 矢切の渡しに乗り、山本亭で庭園を眺めながらゆっくりとした時間を過ごす。その二つの目的を果たせただけでも十分満足できる旅になるはずでした。
しかし、旅の最後には偶然立ち寄った柴又川甚まちなみ館で、以前から抱いていた帝釈天の彫刻への疑問まで解けることになりました。 一度訪れただけでは見えなかった町の歴史や文化が、再び歩いたことで少しずつつながっていく。そんな旅の面白さを改めて感じます。
寅さん世代でなくても、映画を観たことがなくても、柴又にはどこか懐かしく、ゆったりとした時間が流れています。 昭和の町並みを歩き、歴史や文化に触れ、ときには江戸時代から続く渡し船に揺られてみる。 そんな一日を過ごしてみると、きっとこの町の魅力が少しずつ見えてくるはずです。
アクセス情報
柴又帝釈天(題経寺)の住所:東京都葛飾区柴又7-10-3
京成線「柴又駅」下車 徒歩約3分
北総線「新柴又駅」下車 徒歩約12分





























🌸 葛飾で楽しむ季節の風景
柴又と同じ葛飾エリアには、季節の花を楽しめる場所もあります。
初夏には堀切菖蒲園で、江戸時代から続く花菖蒲の景色を見ることができます。


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