2026年8月。金屋町を歩いたあとは、土蔵造りの町並みが残る山町筋へ。
そのまま高岡大仏まで歩くつもりでした。
ところが、この日いちばん心に残ったのは、暑さをしのぐために何気なく入った高岡御車山会館。
美しい車輪や細かな装飾を眺めるうちに、金屋町で見た高岡のものづくりともつながり、気づけば1時間以上過ごしていました。
その後は古い商家が残る通りを歩き、以前とは少し違う気持ちで高岡大仏へ。
思いがけない出会いが続いた、高岡の町歩きを振り返ります。
金屋町からバスで山町筋へ
金屋町でスズのアクセサリー作りや鋳物工房の見学を楽しんだあとは、山町筋へ向かいます。
歩いても10分ほど、バス停なら2つ先の距離ですが、この日はじわじわと体力を奪われるような酷暑。
休日はバスの本数が少ないことがわかっていたので、事前に時間を確認しておいたバスに乗り、木舟町で降りました。
このあと高岡大仏にも行く予定だったので、旧高岡共立銀行本店として建てられた赤レンガの建物がある方向へ歩きます。
ところが、とにかく暑い。
少し涼みたくなり、近くにあった高岡御車山会館へ入ってみることにしました。
涼むつもりで入った高岡御車山会館
実はこのとき、御車山にそれほど興味があったわけではありません。
以前、別の町で曳山会館に入ったことがあるのですが、そのときはあまり興味を持てずに終わってしまいました。
そのため今回も、「涼めるなら入ってみよう」くらいの気持ちでした。
入ってすぐにあったのが、御車山の由来を描いた絵巻です。
豊臣秀吉が使用した御所車を前田利家が拝領し、その後、前田利長から高岡の町民に与えられたことが、高岡御車山の始まりとされています。
説明では、絵巻の左下に描かれた車が元になったものとのこと。
何度か確認したのですが、私には飾りのついた右側の車のほうが、現在の御車山に近く見えます。
「本当に左なの?」と思いながら先へ進むと、今度は本物の御車山が目の前に現れました。
なぜか目を奪われたのは、御車山の車輪
このとき展示されていたのは、二番町の御車山。
大きな御車山が目の前にあるのに、なぜか最初に私の目が向いたのは全体ではなく、その下にある車輪でした。
黒く艶のある車輪に、金色の細かな装飾。
梅鉢紋もあちこちに見えます。
さらに近くには、御車山と同じ意匠の車輪が単体で展示されていて、間近で見ることができました。
黒く艶のある車輪に施された細かな金具と梅鉢紋。
近くで見ると、ますますきれいです。
これはもう、御車山を動かすための車輪というより、車輪そのものが一つの工芸品のよう。
華やかなのにけばけばしい感じはなく、どこか品や格まで感じます。
あとで説明を読むと、7基ある高岡御車山のうち、二番町だけが二輪なのだそうです。
車輪に施された金具も、二番町御車山の見どころの一つでした。
どうやら、最初から妙なところに目をつけたわけでもなかったようです。
金屋町で見たものが、ここでつながった
単体展示された車輪のすぐ横には、御車山に使われている工芸技術を紹介するガラスケースがありました。
その中で目に留まったのが、つい先ほどまでいた金屋町で見たものとよく似た装飾です。
金屋町のお店では、彩色した部分がふっくらと盛り上がった文鎮を見ています。
高岡の伝統技術を使ったもので、数万円もする工芸品でした。
「あ、さっき見たものと同じような技法だ」
ここで、目の前にある御車山の見え方が少し変わってきました。
さらに館内を歩いていると、金色の大きな飾りが目に入りました。
一瞬、「蛾?」と思って通り過ぎかけたのですが、説明を見ると「胡蝶」。
こちらは木舟町の御車山の鉾留で、桐を彫り、漆を塗り、金箔などを施して作られたものでした。
これもまた、一つの工芸品です。
車輪に目を奪われ、ガラスケースに並ぶ工芸技術を見て、そして木舟町の胡蝶へ。
見ていくうちに、御車山は単に華やかな山車なのではなく、高岡の伝統工芸を結集させたものなのだと気づきました。
金屋町を歩いた直後だったからこそ、余計にそう感じたのかもしれません。
気づけば20分の映像まで見ていた
すっかり御車山に興味を持ってしまい、2階にあるシアターにも入ってみることにしました。
こうした施設の映像は普段ならあまり見ないのですが、今回は約20分、しっかり鑑賞。
そこで初めて、高岡御車山は全部で7基あり、町ごとに鉾留などの意匠が異なることを知りました。
先ほど見た胡蝶も、木舟町の御車山を飾るもの。
からくり人形を載せる御車山もあり、館内にはからくり人形を動かせる体験展示もありました。
からくり人形を見ていると、以前訪れた金沢港大野からくり記念館を思い出します。
一方、赤・白・黄色の花を傘のように広げた姿は、どの御車山にも共通しています。
映像には、祭りに向けて町の人たちがその花を手作りする様子も映っていました。
映像を見たあとで館内に展示されていた花を見ると、入る前とはまったく違って見えます。
そして高岡御車山祭では、毎年5月1日に7基の御車山が勢揃いします。
一基だけでもこれだけ豪華で優美なのに、7基が揃ったらどんな光景になるのでしょう。
祭りのために早くから町の人たちが準備を重ね、神事とともに7基が町へ出る。
映像を見ているうちに、いつか実際にこの目で見てみたいと思うようになっていました。
以前見た曳山はどんな姿だっただろうと、昔撮った写真まで見返してしまったほどです。
少し涼むだけのつもりで入ったのに、気づけば1時間以上。
そして1階へ戻り、最後にもう一度見たのは、やっぱり御車山の車輪でした。
何度見ても、美しい。
ようやく土蔵造りの町並みを歩く
御車山会館を出て、今度は古い商家を一軒ずつ眺めながら通りを歩きます。
先ほど訪れた金屋町が職人の町だったのに対し、ここは商人の町として栄えたところ。
通りには今も土蔵造りの建物が残っています。
菅野家などの立派な商家を眺めたり、昔は土蔵の扉だったと思われる部分が窓として使われている建物に足を止めたりしながら歩きました。
古い建物から商人町だった時代の名残を感じながら歩くのは楽しく、雰囲気のいい町並みです。
ただ、この日もっとも心を掴まれたのは、土蔵造りの町並みそのものではありませんでした。
涼むつもりでたまたま入った御車山会館。
そこで見た一基の御車山のほうが、ずっと強く印象に残っています。
「思っていたのと違う」と感じた高岡大仏へ
古い商家が残る通りを歩いたあとは、高岡大仏へ向かいました。
実は高岡大仏を訪れるのは、今回が初めてではありません。
前回は瑞龍寺から暑い中を歩き、「日本三大大仏」を見るのを楽しみにやって来ました。
ところが、町の中にちょこんと座っている大仏を見て、 「え? これ?」と拍子抜け。
「こんなに暑い中を歩いてきたのに〜。思っていたのと全然違う……」
奈良や鎌倉の大仏を思い浮かべていたこともあり、 「これが日本三大大仏の一つなの?」と、期待とのギャップがあまりにも大きく感じられました。
帰ってからも周囲に「期待していた大仏とは違った」と話していたほどです。
比べるのをやめたら、見え方が変わった高岡大仏
そして今回、久しぶりに高岡大仏と再会しました。
町の中にちょこんと座っている姿は、もちろん以前と同じです。
奈良や鎌倉で大仏と向き合ったときに感じた、大きさや佇まいからくる威厳や迫力とは少し違います。
町の中にちょこんと座る高岡大仏は、もっと身近な存在です。
今回は、前回あれほど気になった「日本三大大仏」という言葉が、もうどうでもよくなっていました。
そうして高岡大仏をそのまま眺めてみると、どこか庶民的で親しみやすい。
前回は自分の中にあった大仏のイメージと比べるばかりで、こんな魅力には気づいていなかったのかもしれません。
「日本一の美男」といわれていることさえ、今回はなんだか微笑ましく思えました。
大仏のそばにあるamida coffeeにも立ち寄り、せっかくなので大仏ラテを注文。
さらに大仏カステラをテイクアウトし、本物の高岡大仏の前まで持っていって記念撮影までしてしまいました。
前回の自分からは、ちょっと想像できません。
同じ場所でも、こちらの見方が変わるだけで、ずいぶん違うものです。
大仏の中にも、高岡らしい銅の千羽鶴
高岡大仏の内部にも入ってみました。
そこで目に留まったのが、銅板で作られた千羽鶴です。
考えてみれば、高岡大仏そのものも高岡の鋳造技術によって造られたものです。
金屋町では鋳物に触れ、御車山会館ではさまざまな工芸の技に惹かれ、そして大仏の中には銅板の千羽鶴。
「こんなところにも、高岡の“名物”が」
そんなことを思いながら、銅板の鶴を眺めました。
特に意識して歩いていたわけではないのに、この日は行く先々で高岡のものづくりに出会ったような気がします。
















🔔 高岡のものづくりをたどる
御車山会館で工芸技術に目が留まったのは、その直前に金屋町を歩いていたからかもしれません。鋳物の町でスズのアクセサリー作りを体験し、職人さんから高岡鋳物の話を聞いた記録はこちらです。

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