金沢で生まれ育った私が、長谷山観音院の「四万六千日」という習わしを知ったのは、意外にもつい数年前のことでした。
年に一度、この日にお参りすると四万六千日分の功徳が得られるとされ、授与されたとうもろこしを家の軒先に吊るす風習が今も受け継がれています。
以前から一度お参りしたいと思いながら、毎年日付が変わるためなかなか機会が合わず、2026年8月21日にようやく観音院へ。
早朝からとうもろこしを求めて並ぶ人々や、町に掲げられた五色の旗、本堂でのお参りを通して、今も金沢の暮らしの中に息づく四万六千日を体験してきました。
軒先にぶら下がるとうもろこしが気になって
2023年4月、ひがし茶屋街周辺を歩いていたときのことです。
町家の軒先に、乾燥したとうもろこしがぶら下がっている家を見つけました。
そのときは意味も分からず、ただ「面白い光景だな」と思って写真を一枚。
金沢で生まれ育った私ですが、このとうもろこしにどんな意味があるのかは知りませんでした。
その謎が解けたのは、翌2024年6月。
ひがし茶屋街を案内してくださったボランティアガイドさんから、これは長谷山観音院の「四万六千日」で授与されるとうもろこしだと教えていただきました。
四万六千日の縁日に授与されたとうもろこしを軒先に吊るしておくと、家内安全や商売繁盛、魔除けになるといわれているそうです。
時間が経つにつれて、青々としていたとうもろこしが少しずつ乾いていく。
ただ吊るしているというより、一年かけて家と一緒に過ごしながら「育んでいる」ようにも感じられ、その習わしがとても印象に残りました。
そして話を聞いたとき、父のためにも一度お参りしてみたいと思いました。
一日のお参りで四万六千日分の功徳
「四万六千日」という言葉そのものにも、かなりのインパクトがあります。
この日にお参りすると、四万六千日お参りしたのと同じ功徳が得られるとされていて、年数にすると約126年。
年に一度だけの、とてもありがたい日です。
浅草寺の四万六千日・ほおずき市は毎年同じ時期に行われますが、長谷山観音院では旧暦7月9日にあたる日に行われるため、開催日は毎年変わります。
なかなか予定が合わずにいましたが、2026年は8月21日。
ようやく四万六千日に合わせて金沢を訪れることができました。
前夜のひがし茶屋街に掲げられた五色の旗
四万六千日の前日、夜のひがし茶屋街を歩いてみると、町のあちこちに「四万六千日」と書かれた貼り紙や五色の旗が掲げられていました。
いつも見慣れているひがし茶屋街なのに、この日はどこか雰囲気が違います。
翌朝の行事を迎える準備が整い、町全体が静かにその時を待っているように見えました。
五色には、陰陽五行の色が用いられています。
朝6時過ぎ、観音院へ向かう人たち
翌朝、ホテルを6時過ぎに出発しました。
6時20分ごろ、浅野川大橋交番横の道から観音院へ向かって歩き始めると、こんな早朝なのに同じ方向へ歩いていく人の姿が次々と視界に入ってきます。
さらに印象的だったのが、向こうから自転車で帰ってくる人たちでした。
自転車の前かごには、長いとうもろこしが何本も入っています。
中には5~6本ほど持ち帰っている人もいて、「もうお参りを終えて、とうもろこしを受け取ってきたんだ」と分かりました。
行事が始まったばかりの早朝から、こうしてとうもろこしを持って帰る人が何人もいる。
観光行事としてではなく、地元の人たちの暮らしの中に昔から普通に組み込まれている習わしなのだと、この光景を見ただけでも感じます。
石段を上ると、想像以上の行列が
町中を抜け、長谷山観音院へ続く石段を上ります。
境内に着くと参拝を待つ列もできていましたが、それ以上に驚いたのが、とうもろこしを拝受する人たちの列でした。
「先にとうもろこしの列に並んだ方がよさそう」と最後尾を探して進んでみると、列は境内の中では終わりません。
境内の外へ出て、近くのレストランの駐車場よりもさらに先まで続いていました。
並んでいると、周囲から「こんなに並ぶの初めて」「一番混んでいる時間に来たのかな」といった声も聞こえてきます。
東京ナンバーの車で訪れている人の姿もありました。
この日の金沢は朝から湿度が高く、じっと立っているだけでも汗がじわっと出てきます。
「早朝だから涼しいだろう」と思っていましたが、まったくそんなことはありませんでした。
とうもろこしを受け取るまで20分ほど。
道沿いには藪もあって蚊が飛んでいたため、途中で持っていた防虫スプレーを使いながら列が進むのを待ちました。
一年守ってもらったとうもろこしを納める
少しずつ列が進んでいくと、途中に大きなかごが置かれているのに気づきました。
中には、茶色く乾燥したとうもろこしが何本も入っています。
最初は何のためのものだろうと思いましたが、列に並んでいる人をよく見ると、古いとうもろこしを手にしている人もいました。
一年間軒先に吊るしていたとうもろこしをここへ納め、供養していただき、また新しいとうもろこしを受け取るようです。
その様子を見ながら、以前訪れた高崎の達磨寺で、古いだるまを納めて新しいものを迎える光景をふと思い出しました。
観音町だけは五色の水引
いよいよ自分の順番が近づいたところで、ひとつの貼り紙が目に留まりました。
「観音町の方は水引の色が異なりますので申し出てください」という内容です。
通常は、とうもろこしと紅白の水引が渡されます。
一方、観音町の方には、前夜から町で何度も目にしてきた旗と同じ、五色の水引が渡されます。
私が受け取ったのは、とうもろこしと紅白の水引。
あらかじめ水引が結ばれているのではなく、見本を見ながら自分で蝶々結びにします。
慌ただしい中で見本を確認しながら水引を結び、ようやく自分のとうもろこしが完成しました。
その後、町を歩いていると、軒先に吊るされた五色の水引のとうもろこしも見つけました。
長い時間を経て水引の色は少し褪せていましたが、観音町ならではのものだと分かります。
本堂では小銭が足りなくなるという予想外の出来事
とうもろこしを受け取ったあとは、本堂へお参りします。
堂内は撮影禁止です。
靴を脱いで本堂へ上がり、皆さんの後ろについて進みました。
すぐにご本尊の前へ向かうのかと思っていたのですが、そうではありません。
脇の小部屋には、小さな仏像や仏画が数え切れないほど並んでいて、それらを一つひとつ巡りながらお参りしていきます。
列は牛歩のようにゆっくり進み、皆さん、それぞれの仏様の前でお賽銭を供え、手を合わせていました。
ところが私は、仏様の数を完全に甘く見ていました。
10円玉を何枚か用意していたのですが、あっという間になくなってしまいます。
周りを見ると、慣れている方たちは小さな巾着のような袋に1円玉や5円玉をたくさん入れて持参していました。
なるほど、皆さんちゃんと心得ているのです。
私は途中から小銭が足りなくなり、100円玉で何体かの仏様にまとめて……という、少々大ざっぱなお参りになってしまいました。
初めて訪れる方は、小銭をたくさん用意しておくと安心です。
早くも渡された、来年の四万六千日の案内
とうもろこしをいただいた際には、早くも翌年の四万六千日の案内も一緒に渡されました。
2027年の四万六千日は8月10日。
毎年日付が変わる行事なので、今年のお参りを終えたばかりなのに、もう次の四万六千日の日付を手にしていることが少し不思議にも感じられました。
とうもろこしを手に町を歩く側になった
参拝を終えたあと、近くにあるお寺へ墓参りに向かいました。
手には、先ほど受け取ったばかりの青々としたとうもろこし。
観光客があまり歩かない道をとうもろこしを下げて歩いていたため、地元の人と間違えられたのかもしれません。
途中で地元の方から、
「混んでた?」
「どのくらい並んだ?」
と声をかけられました。
「20分くらいでしたよ」と答えると、その方はそのまま急ぎ足で観音院の方向へ向かっていきました。
2023年には、軒先にぶら下がるとうもろこしを見て「これは何だろう」と写真を撮っていた私が、3年後には自分でとうもろこしを受け取り、それを下げて町を歩いています。
時代とともに町の姿や暮らし方は少しずつ変わっていきます。
それでも四万六千日の朝には多くの人が観音院へ向かい、一年守ってもらったとうもろこしを納め、また新しい一本を家へ持ち帰っていく。
金沢で生まれ育った私にとっても初めて知った習わしでしたが、実際にその中に入ってみることで、この四万六千日が今も地域の暮らしにしっかり根づいていることを感じました。








🌽 とうもろこしからつながった「四万六千日」
四万六千日を知るきっかけになったのは、2023年にひがし茶屋街で偶然見かけた、軒先のとうもろこしでした。東京・浅草寺では、同じ四万六千日にほおずき市が開かれます。金沢と浅草、それぞれに受け継がれてきた四万六千日の風景をあわせて紹介します。

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