2026年8月、富山県高岡市の金屋町を歩きました。
千本格子の町並みを歩いていると、あちらこちらの軒先から聞こえてくる風鈴の音。鋳物の町らしい光景だと思う一方で、想像していたような小さな工房がなかなか見当たりません。
錫のアクセサリー体験をしたり、町の方に話を聞いたりするうちに、かつて町の中にあった鋳物の工房は工場団地へ移り、高岡の鋳造そのものは今も形を変えて続いていることを知りました。
今回は、静かな千本格子の町並みと風鈴の音、錫を金槌で叩いた体験、そして現地での会話から見えてきた「今の金屋町」をたどります。
酷暑の高岡、予定を変えてまず金屋町へ
この日は、高岡大仏と山町筋、そして金屋町を歩く予定でした。どこも徒歩圏内にあり、高岡駅から高岡大仏、山町筋、金屋町へと順に歩いていくつもりだったのですが、とにかく暑い。
少しでも体力を温存したくて、高岡駅の観光案内所で公共交通機関を使えないか相談してみました。休日は金屋町へ向かうバスがとても少ないそうですが、スタッフの方が調べてくださると、ちょうど8分後に一本あるとのこと。
「それなら先に金屋町へ行って、そこから山町筋へ向かうといいですよ」
と教えていただき、予定とは逆の順番で金屋町へ向かうことにしました。
バスが金屋町へ近づいたころ、車窓から気になる橋が見えました。欄干の中央に、向かい合う大きな金色の鳳凰。鳳鳴橋という名前の橋でした。
あまりに目を引いたので、帰りに近くで見てみようと思いながら、まずは金屋町へ向かいました。
風鈴の音が響く、千本格子の町並み
金屋町を歩き始めると、石畳の両側に千本格子の家々が続いています。そして印象に残ったのが、風鈴の音でした。
一軒だけではありません。歩いていると、ほとんどの家の軒先に風鈴が下がっています。それも一つではなく、いくつも。
あちらからも、こちらからも聞こえてくる涼やかな音色に、「鋳物の町だからなのかな」と思いながら歩いていました。
ところが、端から端まで歩いてみても、想像していたような鋳物の工房が見当たりません。
以前に訪れた井波では、通りに工房があり、職人さんが仕事をする姿を見ることができました。金屋町もそんなふうに、小さな工房が通りにいくつもある町なのだろうと勝手に思い込んでいたのです。
歴史を感じる建物は並んでいるけれど、その多くは住宅。
「あれ? 工房はどこにあるんだろう」
そんなことを考えながら歩いていると、軒先に鉄瓶や鍋などが並んでいる場所がありました。ようやく見つけた、鋳物の町らしい光景です。
さらに通りの端まで歩くと、旧南部鋳造所のキュポラと煙突が見えました。かつてここで鋳物がつくられていたことは感じられる。
でも、今動いている工房はどこにあるのでしょう。
「今日は鋳物体験お休み」の貼り紙
そんな中で見つけたのが、「鋳物工房 利三郎」の看板でした。工場見学や鋳物体験ができるようです。
「ここなら鋳物の町らしいものが見られそう」
そう思って向かってみると、店先には大きく「今日は鋳物体験お休み」の貼り紙。
残念……。
仕方なく引き返し、再び町を歩き始めました。きれいな町並みを見て帰るだけでもいいけれど、せっかく鋳物の町まで来たのだから、もう少し何かに触れてみたい。
そんな気持ちで歩いていると、大寺幸八郎商店の店先に「アクセサリー体験」の文字が目に入りました。アクセサリーかぁ……と少し迷ったものの、よく見ると錫を使ったオリジナルアクセサリーを作る体験でした。
鋳物体験はできなかったし、ここまで来た記念にやってみよう。そう思って店内へ入りました。
錫を金槌で叩いて、キーホルダーづくり
体験メニューは21種類。先に体験していたご家族は、ピアスやブレスレットなどを作っていました。私は身につけるアクセサリーにはあまり興味がないので、キーホルダーを選びました。
まず、さまざまな形をした錫の中から好きなものを一つ選びます。次に模様をつける道具の中から、葉っぱの柄を二つ選びました。
すぐに葉の模様を打ち込むのかと思ったら、その前にする作業があります。金槌の平たい面ではなく、丸くなった部分を使って、錫の表面全体を少しずつ叩いていきます。
こうして全体に凹凸をつけておくと、模様が入っていない部分にも表情が生まれ、立体的に見えるそうです。全体を叩き終えたら、今度は選んだ葉っぱの模様を打ち込み、最後に金具を取り付ければ完成です。
所要時間は30分ほど。予定していなかった体験でしたが、自分で金属を選び、金槌で叩いて形にしていく時間は、鋳物の町を訪れた小さな記念になりました。
「どうして住宅ばかりなんですか?」
キーホルダーが完成したところで、ずっと気になっていたことをお店の方に聞いてみました。
「あのぅ……もっと工房が通りにあるところだと思って来たんですけれど、住宅ばかりなのはどうしてなんでしょう?」
すると返ってきたのは、
「ここは金屋町伝統的建造物群保存地区だから、住宅街ですね」
という言葉でした。
え? という顔をしていたのだと思います。
続けて、鋳物の工場は工場団地へ移っていったこと、このお店も以前は鋳物をしていたけれど、現在はやっていないことを教えてくださいました。
お店の方が金屋町へ嫁いできたころは、まだ町の中で鋳物がつくられていたそうです。鋳物には独特の匂いがあり、その匂いがすると、
「今日はあそこでやっているな」
と分かったのだとか。
ところが、その匂いを知らない人が増えてくると、消防へ連絡する人まで出てきたそうです。
「そんなに危ないような、変な匂いなんですか?」
思わず尋ねると、
「私は嫁いでからずっと鋳物に関わってきたから、いい匂いだと思うんですけどね」
と笑っていました。
ここでようやく、歩きながら感じていた疑問が解けました。私が工房を見つけられなかったのではなく、町の姿そのものが変わっていたのです。
話を聞いて、もう一度「利三郎」へ
大寺幸八郎商店を出ると、先ほど鋳物体験がお休みだった鋳物工房 利三郎が気になってきました。町の工房が工場団地へ移ったのなら、あそこはどんな場所なのだろう。もう一度戻ってみることにしました。
鋳物体験はお休みでしたが、店内には体験でつくることのできる作品の見本が並んでいました。お皿やぐい呑みだけでなく、風鈴まであります。
金屋町を歩き始めたとき、あちこちの軒先から聞こえていた風鈴の音。
「これも自分で作れるんだ」
と、ますます体験してみたくなりました。
こちらの体験では、自分で好きな絵や文字を描いて砂型をつくり、そこへ溶かした錫を流し込むそうです。お店の方のご厚意で、実際に体験を行う工房も見せていただきました。
作業台の奥には、鋳物づくりに使われる道具や設備。先ほどまで「工房がない」と思いながら歩いていたので、ようやく鋳物の現場を見ることができたような気がしました。
店内で販売されている商品は錫ではなく銅製品です。お店の方によると、錫は比較的低い温度で扱えるため体験に向いていますが、銅はもっと高い温度が必要になるため、体験には向かないとのこと。
そして、ここでも工場団地への移転の話を聞きました。自分たちの工房でつくったものをこの場所で販売しているのは、もうここだけになったのだそうです。
今回は体験できなかったけれど、砂型をつくり、自分で錫を流し込む鋳物体験はとても興味深いものでした。これは、いつかもう一度訪れてやってみたい。
金色の鳳凰が向かい合う鳳鳴橋へ
金屋町を離れる前に、行きのバスから見えて気になっていた鳳鳴橋へ向かいました。近くで見ると、欄干の中央で向かい合う一対の鳳凰は想像していた以上の大きさです。
高さは約2.75メートル。高岡銅器の鳳凰像には金箔が施され、青空の下で金色に輝いていました。
金箔と聞くと、どうしても前田家を重ねてしまいます。そして橋をよく見ると――
「あ、ここにも梅鉢紋!」
鳳凰に目を奪われていましたが、欄干には梅鉢紋まで施されていました。瑞龍寺でも目にした梅鉢紋が、こんな橋にまで。
鋳物の町を歩いた最後に出会った、金色の鳳凰と梅鉢紋。高岡を歩いていると、思いがけないところで前田家の気配に出会います。
翌日の井波で聞いた、高岡鋳物の今
ところが、この話には翌日にも思いがけない続きがありました。
井波を再訪したとき、天神様を彫っていた職人さんと話す機会があり、前日に金屋町へ行ったことを話しました。
「鋳物の町だから、小さな工房がたくさんあると思っていたんです。でも、ほとんどなかったんですよ」
そう話すと、高岡では今も鋳造は続いているけれど、昔のような個人的な小さな工場ではなく、大きな工場で行われるようになっているのだと教えてくださいました。
高岡から鋳物そのものがなくなったわけではない。
町の中に小さな工房が並んでいた時代から、つくられる場所や規模が変わったのだと知りました。
思い返せば、金屋町には今も軒先でたくさんの風鈴が鳴り、かつての鋳造所のキュポラと煙突が残っていました。そして、町の中に残る工房では今も鋳物づくりが続いています。
金屋町で印象に残ったのは、美しい千本格子の町並みだけではありませんでした。
風鈴の音を聞きながら、「鋳物の町なのに、どうして工房がないのだろう」と不思議に思ったこと。錫を自分の手で叩いたこと。そして町の方や職人さんとの会話から、今の高岡鋳物の姿を知ったこと。
歩き始めたときには見えていなかった「鋳物の町」が、帰るころには少し違って見えていました。
















🔔 高岡鋳物と町の記憶をたどる
金屋町で聞いた鋳物の話は、翌日に再訪した井波で職人さんとの会話へとつながりました。また、瑞龍寺では鳳鳴橋でも目にした梅鉢紋に出会い、高岡に残る前田家の歴史を感じました。今回の旅とつながる二つの記録もあわせてどうぞ。

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