2025年6月、弥彦神社を訪れた帰りに立ち寄った新潟県燕市の吉田地区。
もともとは、吉田駅から歩いて行ける赤レンガ造りの建物「香林堂」を見て、次の電車で移動するつもりでした。
ところが、香林堂へ向かう途中で思いがけず大きなオープンガーデンに出会い、そこで予定していた電車を逃すことに。
それならもう少し歩いてみようと町を巡るうちに、今井家に残る歴史ある建物や雁木、吉田諏訪神社の精巧な彫刻など、次々と気になるものに出会いました。
訪れたときには、その背景をほとんど知らなかった場所ばかり。
帰宅後に調べてみると、何気なく足を止め、写真に残していたものにも、それぞれ吉田の歴史や文化につながる背景があることを知りました。
この記事では、予定外に始まった約2時間の吉田散策を、当時の体験とともに振り返ります。
弥彦神社の帰り道、吉田でふと歩き出した時間
越後一ノ宮・弥彦神社を訪れたあと、コミュニティバスで吉田駅へ戻ってきました。
吉田駅に着いたのは13時15分ごろ。
このとき見てみたいと思っていたのが、駅から歩いて行ける場所にある赤レンガ造りの建物「香林堂」でした。
駅からそれほど遠くないため、次の電車までの時間に香林堂を見て、また吉田駅へ戻ってこられるだろう。
そんなつもりで歩き始めました。
この時点では、吉田の町をゆっくり散策する予定はありませんでした。
ところが香林堂へ向かう途中で思いがけない場所に出会い、予定していた電車にも乗らず、結果的には2時間近く吉田を歩くことになります。
香林堂へ向かう途中、思いがけず出会ったオープンガーデン
香林堂へ向かって歩き始めると、道沿いにはきれいに手入れされた花が続いていました。
写真を撮ったり、花を眺めたりしながら歩いていたため、なかなか先へ進みません。
そんな中で目に入ったのが、たくさんの花に囲まれた大きな庭でした。
あまりに広かったので、最初は個人のお宅の庭だとは思わなかったほど。
入口には「ご自由にどうぞ」と案内があり、「お邪魔します〜!」と声をかけて中へ入らせていただきました。
庭には色とりどりの花が咲き、特に印象に残ったのがバラのアーチ。
木造の小さなガーデン小屋や、階段を上った先にはテラスのような場所もあり、個人のお宅とは思えないほどの広さです。
どこを見ても丁寧に手入れされていて、これだけの庭を維持するには、日々どれほど手をかけているのだろうと思いました。
個人のお宅のオープンガーデンを訪れたのは、このときが初めて。
写真を撮ってもよいのかな、と少し迷いながら見せていただきました。
あまりに素敵な庭だったので、管理されている方がいらっしゃればお礼を伝えたいと思って探してみたのですが、この日はお会いできませんでした。
気がつけば、ここだけで30分以上。
香林堂を見てから乗るつもりだった電車には、もう間に合いません。
それなら急いで駅へ戻る必要もなくなりました。
せっかくなので、もう少し吉田の町を歩いてみることにします。
訪れたときには名前も知らなかったこの庭。
帰宅後に調べてみると、「パステルガーデン」として紹介されているオープンガーデンだったことを知りました。
吉田地区の今井家へ|赤レンガの香林堂と雁木の残る主屋
オープンガーデンをあとにして、ようやく当初の目的だった香林堂へ向かいます。
地図を見ながら歩いたものの少し道に迷い、吉田の町をうろうろしながらたどり着きました。
とくに目を引いたのが、赤レンガ造りの西洋館「香林堂(こうりんどう)」。
赤レンガの壁に大きく記された白い「香林堂」の文字と、レトロな洋館の姿がとても印象的でした。
すぐ隣には木造の主屋が続き、通り沿いには雪国らしい雁木も残っています。
赤レンガの西洋館と昔ながらの木造建築が隣り合う光景も、この場所で目を引いたもののひとつでした。
ほかにも、1920年に建てられた旧今井銀行店舗や門、古い看板などが残されています。
旧銀行店舗の玄関をよく見ると、アーチの上には大黒様の彫刻が。建物の雰囲気とはまた少し違う、なんとも印象に残る表情で、思わず横から写真を撮っていました。
訪れたときには、今井家について詳しいことをほとんど知らず、香林堂の少し変わった外観を見てみたいという気持ちで訪れた場所でした。
あとから今井家について調べてみると、今井家は吉田地域の大地主だった家で、敷地には江戸時代から昭和にかけての建物が残されていることを知りました。
そのうち、江戸後期の主屋、明治中期の西洋館と新座敷、1920年に建てられた旧今井銀行店舗の4件が、国の登録有形文化財となっています。
燕市によると、赤レンガ造りの西洋館は、往来する人の目を引く吉田地域の町のシンボルとして親しまれてきた建物。
壁に大きく書かれた「香林堂」の文字は、今井家が戦後に手がけた家庭薬会社の名称で、1951年に記されたものだそうです。
西洋館の内部にはシャンデリアや花弁形の天井飾りなども残されていますが、今井家住宅は通常一般公開されていません。
私が訪れたときも敷地内には入らず、公道から外観を眺めました。
訪れたときには「面白い赤レンガの建物だな」と見ていた香林堂。
あとになって、その周囲の主屋や旧銀行店舗まで含めて、吉田の歴史を伝える建物群だったことを知り、あらためて印象に残る場所となりました。
吉田諏訪神社へ|総ケヤキ造りの社殿と見事な彫刻
香林堂を見たあとは、吉田諏訪神社へ向かいました。
ここで目を引いたのが、総ケヤキ造りの社殿に施された数々の彫刻です。
軒下を見上げるとあちらこちらに細かな彫刻があり、実際に見るとその精巧さに思わず足が止まりました。
獅子や鳥、人物などさまざまな彫刻があり、「ここにもある」「あそこにもある」と見上げながら何枚も写真を撮りました。
中でも面白いと思って写真に残していたのが、子どもと鶏を表した彫刻です。
このときは何を表しているのかも、誰が手掛けたものなのかも知りませんでした。
吉田諏訪神社は、燕市指定文化財に指定されています。
現在の本殿や拝殿などは文政7年(1824)から文政13年(1830)にかけて、間瀬大工の棟梁らによって再建されたと伝えられています。
社殿は総ケヤキ造り。燕市の文化財資料では、間瀬大工の高い技術による彫刻が建物全体に配され、江戸時代末期の代表的な作品とされています。
そして驚いたのが、訪問時に「面白い」と思って撮っていた彫刻。
燕市の広報にも「鶏を抱く子どもと竹篭の中の鶏」として写真付きで紹介されていました。
文化財だから写真を撮ったのではなく、何も知らずに見ていて気になったものが、あとから調べてみると、この神社の見どころとして紹介されていた彫刻だったことに驚きました。
燕三条駅では鳥居モニュメントとジャンボカトラリー
吉田駅に戻ったのは15時を過ぎたころ。
香林堂だけを見て次の電車に乗るつもりが、思いがけない出会いが重なり、気づけば2時間近く吉田の町を歩いていました。
その後、帰りに立ち寄った燕三条駅では、弥彦線の乗り換え口に弥彦神社の鳥居モニュメントがありました。
さらに、金属加工のまちとして知られる燕市らしく、駅構内には巨大なフォーク&ナイフのオブジェもありました。
吉田は、もともと観光するつもりで立ち寄った町ではありませんでした。
それでも、道端の花に足を止め、名前も知らなかったオープンガーデンに出会い、気になっていた赤レンガの香林堂を見て、諏訪神社では彫刻に見入ることになりました。
しかも、何も知らずに「面白い」「きれいだ」と感じて写真に残していたものに、それぞれ歴史や背景があったことを知りました。
有名な観光地を目指す旅とはまた違い、予定になかった町を歩いたからこそ出会えたものがあります。
観光地でない場所こそ、旅の発見がある。
吉田で過ごした予定外の時間は、そんな町歩きの面白さをあらためて感じさせてくれました。










🔔 この日の新潟散策
吉田地区を歩く前に訪れたのは、越後一ノ宮・弥彦神社。
参拝を終え、コミュニティバスで吉田駅へ戻ってから、予定外の町歩きが始まりました。


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