港町・敦賀を歩く。氣比神宮から金ヶ崎宮へ、海と歴史をたどるひとり旅

アートと文化

金沢滞在中に足をのばしたのは、福井県の港町・敦賀。
この町を訪れてみたいと思ったのは、祖母から聞いたある記憶がきっかけでした。

古くから海運と鉄道の要所として栄えてきた敦賀には、神社や港の風景、歴史を感じる場所が点在しています。
今回は、氣比神宮から港エリア、そして金ヶ崎宮まで、ゆっくりと歩いて巡りました。

歩くほどに重なっていく物語と、海辺の静かな時間。
そのひとつひとつをたどった、敦賀の散策記です。


敦賀を訪れた理由 ─ 祖母の記憶をたどって

2023年9月、金沢滞在中に敦賀を訪れました。
この町を歩いてみたいと思ったきっかけは、祖母から聞いたある話でした。

終戦の年、昭和20年7月。祖母は貨物船「満州丸」に乗り、日本へと引き揚げてきました。
救命胴衣をつけたまま暗い船底で過ごし、たどり着いたのが敦賀港だったそうです。

その日は敦賀に宿泊し、翌日金沢へ。
しかしその翌日、敦賀の街は空襲で焼け野原になりました。

もし一日ずれていたら──
そう思うと、今ここに自分がいることの意味を感じずにはいられません。

そんな祖母の記憶をたどるように、この町を歩いてみたいと思いました。


敦賀駅から氣比神宮へ ─ 物語の街を歩く

敦賀駅から徒歩約15分。
越前国一之宮として知られる氣比神宮へ向かいます。

駅から神社へ続くシンボルロードには、漫画家・松本零士さんの作品
「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」のモニュメントが並びます。

物語の名場面をたどるように歩くこの道は、ただの移動ではなく、ひとつの旅のようでした。

なぜ敦賀にこのモニュメントがあるのか──。
その理由は、この町の歴史にありました。

敦賀はかつて、欧亜国際連絡列車の発着地として栄えた港町。
敦賀港からウラジオストクへ、そしてシベリア鉄道を経てヨーロッパへとつながるルートが存在していました。

東京からヨーロッパまで一枚の切符で旅ができた時代。
そのロマンが、松本零士作品の世界観と重なることから、このモニュメントが設置されたのだそうです。


港へ向かう道 ─ 鉄道とともに歩んだ敦賀の歴史

氣比神宮をあとにし、港方面へ。徒歩約13分です。

途中に現れるのが、敦賀鉄道資料館赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫は、かつての港湾施設を活かした建物で、現在はカフェやショップとして利用されています。
どこか懐かしさを感じる景観に、思わず足を止めました。

敦賀鉄道資料館では、この町が鉄道と港の町であった歴史を知ることができます。

かつて東京からパリまでを約17日で結んだ欧亜国際連絡列車。
海と鉄道がつながることで、人や文化が行き交っていた時代の面影が感じられました。

祖母の記憶と、この町の歴史が、少しずつ重なっていくような感覚がありました。


金ヶ崎緑地 ─ 海と風にひらかれた場所

港周辺は現在金ヶ崎緑地として整備されており、開放的な海辺の空間が広がっています。

その一角にあるのが五木ひろしの洋鐘
敦賀港開港100周年を記念して設置されたモニュメントです。

海風を感じながら歩くこのエリアは、歴史の舞台でありながらも、どこか穏やかな時間が流れていました。


金ヶ崎宮から望む敦賀湾

港から徒歩約15分。高台にある金ヶ崎宮へ。

境内からは敦賀湾を一望でき、この日は青い海と空が広がっていました。

旧敦賀港線の線路跡や煉瓦トンネルなど、かつての記憶を残す風景も点在しています。

歴史を感じながら、静かに景色と向き合う時間。
ひとり旅ならではの豊かさを感じるひとときでした。


敦賀名物ソースカツ丼で締めくくり

散策の最後に訪れたのは、地元で人気のヨーロッパ軒

揚げたてのカツにたっぷりとソースがしみ込み、ごはんとの相性も抜群。
歩いた後の体にしみわたる美味しさでした。


港町・敦賀を歩いて感じたこと

港町ならではの穏やかな空気と、歴史の重なり。
そして、個人的な記憶とつながる場所でもありました。

ひとりで歩いたからこそ、風景のひとつひとつと静かに向き合うことができたように思います。

今回の敦賀は、祖母との「対話」を続けるような時間でした。


📖 敦賀で過ごした時間と、福井の旅の記録

港町を歩いたあと、自然にふれ、本に囲まれる静かな時間へ。
同じ一日の中で訪れた場所とあわせて、福井で出会った印象深い風景の記録もよろしければご覧ください。

中池見湿地で出会った静けさの風景
ちえなみきで過ごした、本と静かな時間
港町の面影が残る三国を歩いた記録

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